Nikkei Online, 2025年5月24日 9:10更新
【ワシントン=八十島綾平】トランプ米大統領は23日、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収を承認した。日鉄の買収に安全保障上の懸念はないと判断したもようだ。日鉄の発表から1年半を経て、米鉄鋼大手を傘下に収めるM&A(合併・買収)が実現に向かう。ホワイトハウス関係者が明らかにした。
トランプ氏は23日、自身のSNSで日鉄とUSスチールのM&Aについて投稿した。「これはUSスチールと日本製鉄との計画的な提携(パートナーシップ)であり、少なくとも7万人の雇用創出と米国経済に140億ドル(約2兆円)の貢献をもたらす」と記した。
そのうえで「その投資の大部分は今後の14カ月間に実施され、ペンシルベニア州での史上最大の投資となる」と表明した。USスチールは本社を同州ピッツバーグ市にとどめるとして「関税によって鉄は再び、永遠に『メイド・イン・アメリカ』になると保証する」と強調した。
30日にピッツバーグで演説することも明らかにした。
USスチール買収の枠組みは明らかになっていない。日鉄はUSスチールの完全子会社化を目指している。
赤沢亮正経済財政・再生相は23日、トランプ氏の発信内容については把握しているとしつつ「米国政府による正式な発表を待ちたい」と話した。赤沢氏が同日出席した日米関税交渉の閣僚協議で、日鉄とUSスチールの件を話しあったかは「差し控える」と述べるにとどめた。
23日の米株式市場ではトランプ氏のSNS投稿を受け、USスチールの株価が急騰した。一時は54ドルと前日比で26%高になった。日鉄が2023年12月に発表した買収提案時の価格である1株あたり55ドルに接近した。23日終値は52ドルだった。
日鉄のUSスチール買収を巡っては、24年の米大統領選を前にトランプ氏と民主党の大統領候補だったバイデン前大統領が相次ぎ反対を表明。25年1月にバイデン氏が買収中止命令を出した。その後、日鉄はバイデン氏や米政府を提訴した。
トランプ氏は大統領就任後の4月、対米外国投資委員会(CFIUS)に買収計画の再審査を指示。トランプ政権が買収計画を承認すれば、日鉄は米国に設備投資などで140億ドルを投資する計画だと報じられていた。
Nikkei Online, 2025年5月25日 2:00
鉄鋼は永遠に「MADE IN AMERICA」になる――。トランプ米大統領は自身のSNSへの投稿でこう強調した。日本製鉄の資金を使ってUSスチールを再建することを決めた背景には、巨額投資の規模だけでなく、国内産業と安全保障をリンクさせるトランプ政権の方針がある。
「米国内で生産できる砲弾数は必要数の3分の1に過ぎない」。トランプ政権は3月に公表した貿易政策に関する文書でこう指摘し、製造業を保護することが防衛力に直結すると訴えた。
鉄鋼を大量に用いる造船分野での中国の台頭も、政権の優先課題になっている。中国人民解放軍は既に、米海軍より多くの艦船を保有しているためだ。
他の民間部門より賃金が5割高いとされる造船部門を復活させれば、経済と安全保障の一石二鳥になる。その大前提になるのが国内での鉄鋼生産能力の強化というわけだ。
米軍への鋼板供給は主に米クリーブランド・クリフスが担っている。USスチールが弱体化した状態で有事になれば、国内の鉄鋼需要をまかないきれなくなるという危機感もある。
トランプ政権は3月、鉄鋼・アルミニウム製品への関税を完全発動した。だが、米商務省の輸入データによると鉄鋼輸入量は4月も昨年並みの水準を保つ勢いで、大きくは落ち込んでいない。
ハドソン研究所ジャパンチェアー副部長のウィリアム・チョウ氏は「エネルギー生産や造船など政権の優先課題で鉄鋼は不可欠な役割を果たす」と指摘する。トランプ氏は23日に原子力発電所の新設を加速させるための大統領令にも署名した。
チョウ氏は「大統領が経済政策の目標達成へ日鉄の投資が役立つと見ていることは明らかだ」との見方も示した。
短期間に海外製品の価格競争力と品質に追いつくのは難しいという現実も見えてきたところで、同盟国からの巨額支援を「トランプ関税の成果」と訴えることができれば政策の正当性を国内に示す材料になる。
30日の東部ペンシルベニア州ピッツバーグでのトランプ氏の演説は、産業・雇用の復活と安全保障の強化を同時に宣伝する場となりそうだ。
(ワシントン=八十島綾平)