Nikkei Online, 2025年6月14日 13:30更新
日本製鉄は14日、米鉄鋼大手USスチールの買収計画を巡り、安全保障上の懸念を払拭するための「国家安全保障協定」を米政府との間で結んだ。トランプ米大統領は米政府が求めた内容で同協定を結べば、取引を進めることを容認するとみられる。日鉄は協定締結でUSスチールの買収が成立し、同社を完全子会社化すると説明した。
トランプ氏は米東部時間13日(日本時間14日)に大統領令を発表し、日鉄によるUSスチール買収計画についてバイデン前大統領が出していた中止命令を修正した。全面的に買収を阻止するとしていた内容を変え、取引を進めるためには、米政府が提示した案で国家安全保障協定を結ぶことが条件になるとした。
トランプ氏が大統領令を出した直後、日鉄は米政府との間で国家安全保障協定を結んだもようだ。
日鉄は、トランプ氏が買収中止命令を修正し米政府との間で協定も結んだことを受けて14日、かねて目指してきた「USスチールを完全子会社化する条件がすべてそろった」とコメントした。
国家安全保障協定では、USスチールの本社を国外移転しないことなどが盛り込まれたとみられる。
日鉄はUSスチールの「黄金株(拒否権付き種類株式)」を米政府に対し発行することも決めた。黄金株は1株でも経営の重要事項について拒否権を有する種類株式となる。国家安全保障協定と黄金株の2つで、米政府がUSスチールに一定の影響力を持つことを担保する。米政府に発行する黄金株に議決権はなく、日鉄が100%子会社とする方針は変わらない。
一方、トランプ氏は大統領令のなかで、協定違反があった事態などを想定した一文も盛り込んだ。安全保障を守るために必要だと判断した場合に、日鉄やUSスチールに対し「さらなる命令を出す権限を留保する」と記した。
買収に反対してきたトランプ氏を翻意させるため、日鉄が提示した買収計画案も明らかになった。日鉄は2028年までに総額で約110億ドル(約1兆5800億円)をUSスチールに投資する。老朽化した生産設備の改修や製鉄所の新設などに充てるとみられる。
日鉄は23年12月に141億ドルでUSスチールを買収する計画を発表した。だが直後、USスチールの従業員が加入する全米鉄鋼労働組合(USW)が反対を表明。バイデン氏とトランプ氏も24年11月の大統領選でUSWの組織票を取り込むために反対の意向を示し、政治問題化していた。
その後バイデン氏は25年1月、大統領退任前に買収計画の中止命令を出した。日鉄側は中止命令を出したバイデン氏と米政権を提訴するなどし混迷が続いた。トランプ氏が大統領に就任した後も表面上交渉は進まず、停滞しているかに見えた。
事態が動いたのは4月だ。トランプ氏が省庁横断組織の対米外国投資委員会(CFIUS)に、日鉄のUSスチール買収について再度審査をするよう指示。裁判所による判断が出ていないにもかかわらず米大統領が中止命令を出したM&A(合併・買収)案件をCFIUSが再審査するのは初めてとみられ、異例となる再審査が始められた。
5月30日には米東部ペンシルベニア州にあるUSスチール工場でトランプ氏が演説し、日鉄をUSスチールのパートナーとして歓迎する発言を繰り返した。その一方で、演説後に記者団に対しては「最終的な取引はまだだ」と語っていた。
(松田直樹、ワシントン=八十島綾平)