Nikkei Online, 2024年11月6日 21:04
米国の第47代大統領に共和党のトランプ前大統領が返り咲く。
激戦州の一つ、南部ノースカロライナ州の大学4年生、コディさんは初めての1票をトランプ氏に投じた。保守的な中西部出身で「民主党はエリート支配で共感できない。共和党にはキリスト教の価値観がある」と信じた。
首都ワシントンで語学教育に携わり、民主党のハリス副大統領に投票した70代女性はトランプ復権を危惧し、今年以降の仕事の予定を空けておいた。海外移住は「真剣な選択肢」と話す。
民主主義は1人の独裁者が終わらせることも、1人の英雄が救うこともできない。有権者全員がその命運を握る。大統領選の投票数は過去20年で3割増の1億6千万票程度となる見通しだ。米国は今も成長する民主主義国である。
ところが二大政党はいずれも相手を圧倒する多数派を作れず、全人口の18%ほどの激戦州が全体を決した。共和は移民対策、民主は人工中絶の権利を重視したが、政策論争は乏しい。トランプ氏の「人格への疑問」とハリス氏の「能力への疑問」の争いに終始した。
トランプ氏は政敵を「中国やロシアより危険な内なる敵」と呼び「軍隊が対処できる」とうそぶいた。社会の分断を自身の政治力の糧とする人物が再び権力を握る。2年後の建国250年を前に米有権者は「冷たい内戦」の終結ではなく、常態化する道を選んだ。
ロシアのウクライナ侵略、中東での報復の応酬と、過去4年で世界は「戦時」に入った。だが選挙戦は憎悪と中傷に明け暮れ、世界における米国の役割を示す責任は棚上げされた。
「米国が直面している脅威は1945年以来、最も深刻かつ困難」。米議会が選んだ専門家による超党派の米国防戦略委員会は今夏の報告書で「近い将来の大規模な戦争の可能性をはらんでいる」と警告した。
中国、ロシア、イラン、北朝鮮が枢軸を作り、米主導の国際秩序を弱体化させようと動く。米ジョンズ・ホプキンス大のハル・ブランズ教授は「第2次大戦前の時代と不気味なほど似ている。各地域の危機が融合し、頂点に達したとき大戦は始まった」と懸念する。
内向きに傾く米国自身が危機を増幅する。トランプ主義は「超大国」の内側で報われない思いを抱く人々の怒りを燃料に孤立主義や大衆迎合主義の火をたき付ける。
反米の枢軸は米国の疲労回復を待ちはしない。政治学者のヤシャ・モンク氏は「『自然は真空を嫌う』ように、米国が国際秩序を形作る役割から手を引けば中ロが代わりに出てくる」と語る。
世界の不安から米国だけ無縁でいることはできず、世界の現実と関わる以外に米国に選択肢はない。再選を気にする必要のないトランプ氏が1期目より放縦になれば、米自身が危機の引き金に指をかけることになる。
内憂の癒えぬ盟主を抱え、秩序の「真空」を防ぐことが日本など同盟国の共通の試練となる。長い4年が始まる。