「トランプ大統領」返り咲き 6つの経済政策こう変わる


Nikkei Online, 2024年11月7日 6:59

6日未明、勝利宣言をしたトランプ前大統領は米経済の再生を誓った=AP

次期大統領への返り咲きが決まった共和党のトランプ前大統領。米連邦議会上院も共和が過半数を握る。選挙戦で言及した経済政策について今後の実現性や影響を解説する。

全輸入品に10〜20%の一律関税、中国製品は60%に

日本製も含めたすべての輸入品に10%の一律関税をかけると主張した。税率は20%と発言したこともある。もともと高関税を課してきた中国製品には60%を課す。いずれも根拠は明らかにしていない。

狙い

主に製造業の国内企業を安価な輸入品から保護する狙いがある。大統領選を左右する7つの激戦州のうち3つは製造業が蓄積するラストベルト(さびた工業地帯)にあり、集票につながる公約でもあった。政府には増収となるため、ほかの減税策で減る税収を穴埋めする面もある。

実現性

米ゴールドマンサックスは一律関税の実現を基本シナリオとしておらず、自動車と中国製品への関税引き上げが先行すると予想する。大統領が議会を通さずに関税を引き上げる方法としては、緊急事態時に大統領権限を拡大する国際緊急経済権限法を行使するやり方もある。その場合は同法を関税に適用できるかどうか訴訟に発展する可能性がある。

影響

関税は輸出側ではなく輸入業者が支払うため、米国内での販売価格に転嫁される公算が大きい。自動車・中国製品だけなら米個人消費支出(PCE)でみた物価上昇率を0.3〜0.4ポイント押し上げると米ゴールドマンサックスは推計する。

関税引き上げは相手国による報復措置の連鎖を招く恐れがある。国際通貨基金(IMF)はその場合、世界の貿易量が26年までに4%押し下げされると警鐘を鳴らす。中国製品だけに高い関税をかけた場合でも、実際にはベトナムやメキシコなど迂回貿易で米国に流入する公算が大きい。

トランプ減税の恒久化

トランプ前政権時の17年に成立した減税・雇用法(トランプ減税)のうち、2025年末に期限が切れる個人所得減税などを恒久的に延長する。この税制は所得税の最高税率を39.6%から37%に引き下げ、相続税や贈与税の基礎控除もほぼ倍増させた。

狙い

共和党は伝統的に減税と歳出削減による「小さな政府」を支持する。25年末に実質増税となって景気に打撃を与えることを回避する狙いがある。

実現性

米連邦議会での法案可決が必須条件となる。議会下院で民主が勝利して「ねじれ議会」になった場合は超党派の合意が必要になる。民主党候補のハリス副大統領も中低所得層への実質増税は回避すると公約しており、歩み寄る余地は残る。

影響

単純延長すれば景気へのマイナス影響は回避されるが、米議会予算局(CBO)は財政赤字が今後10年間で4.6兆ドル拡大する要因になるとはじく。米格付け大手ムーディーズ・レーティングスは9月、財政悪化なら米国債を格下げすると警告した。金利上昇など金融市場の混乱を招く要因にもなりかねない。

就任初日に石油・ガスの掘削を推進

「ドリル、ベイビー、ドリル」というスローガンを掲げ、石油を「掘りまくる」と宣言してきたトランプ氏。大統領の就任初日に政策を打ち出すと宣言している。具体的には掘削の新規プロジェクトや石油・ガス産業への連邦所有地リースの許認可が候補になる。

狙い

トランプ氏は石油・ガスの掘削をインフレ対策と位置づける。ガソリン価格が下がれば輸送費などを通じて広範囲の物価を下げると主張する。埋蔵資源の多い東部ペンシルベニア州など選挙の激戦州での集票につなげる狙いも透ける。

実現性

バイデン政権は発足直後の21年1月に、大統領令で新規プロジェクトや政府所有地のリース許可を停止した。トランプ氏はこの転換を初日に実現するとみられる。

影響

許認可が出ても石油の生産量がすぐに増加するわけではない。原油・ガソリン価格は国際的な需要や中東情勢など地政学的リスクに大きく影響されるため、値下がりにつながる保証はない。日本総研はトランプ氏が石油の戦略備蓄の補充は石油を逼迫させるリスクもあると指摘した。

バイデン政権が強化した、気候変動リスクを低減するための国際的な協力関係は後退することになる。国際的な枠組み「パリ協定」から再離脱も想定される。バイデン政権がインフレ抑制法で導入したクリーンエネルギー関連の補助金の停止も公約に含まれている。

テキサス州の油田で稼働する掘削機械=ロイター

21%の法人税率を一部15%に引き下げ

トランプ氏の法人税率を巡る発言は揺れた。現行21%の税率を15%に下げると主張しつつ、夏場までは「困難な場合は20%でもいい」とも発言していた。選挙戦の終盤の9月になって、15%は「米国内で製品を生産する企業」に絞ると明らかにした。

狙い

法人税の引き下げは米国内への投資回帰を狙ったもの。トランプ前政権で35%から21%に下げた。前政権も発足当初は15%を目指していた。

実現性

法人税率の引き下げは米連邦議会の法案可決が必要だ。民主党は法人税の引き上げを掲げているため「ねじれ議会」になれば超党派の合意で実現にこぎ着けることは考えにくい。15%の適用企業を限定しているため、上下院とも共和が支配政党になった場合は実現する公算が大きい。企業の認定方法など制度設計には時間がかかる可能性もある。

影響

15%の法人税率が適用される企業は限られているため、影響はさほど大きくない。元議員ら超党派で構成する「責任ある連邦予算委員会」は26〜35年度の財政負担額を2000億ドルと試算する。トランプ減税の延長(5.35兆ドル)と比べて小粒になる。

法人税の引き下げ合戦を食い止めるべくバイデン政権が主導して約140カ国と合意した国際課税改革には逆風となる。この改革はIT(情報技術)大手などグローバル企業の税逃れを防ぐ取り組みと法人最低税率がセットになっている。

日本を含めた参加国は導入に向け手続きを進めているが、米国は共和の反対で条約の批准や法整備が見通せない状態になっている。このまま漂流する懸念がある。

不法移民1100万人の強制送還

トランプ陣営は大量に流入した移民に対する「米国史上最大の国外追放作戦」を掲げた。移民を「国の血統を毒している」「犯罪者集団」などと呼び、1100万人ほどいるとされる不法移民を国外に追い出すという。

狙い

新型コロナウイルス禍の後に急増した不法移民の流入に不満を持つ米国民は多い。トランプ氏は治安の悪化など悪影響が広がっているとして、バイデン政権を攻撃する格好の材料としてきた。

実現性

移民政策研究所によると、トランプ前政権の4年間では150万人が強制送還された。当初は300万人を送り返すと主張したが、その通りにはならなかった。

バイデン政権は20年10月〜24年2月に110万人を戻しており、前政権とほぼ同じペースとなる。米CNNは1人あたりの送還に1978ドルかかるという移民・関税執行局(ICE)の試算を紹介し、大量送還は現実的ではないと指摘している。

影響

コロナ禍後の米経済は、流入した移民が安価な働き手となったおかげで、人手不足の解消と賃金の抑制を実現できた面がある。もっとも企業の人手不足はすでに解消に向かっており、賃上げと物価の勢いも収まっている。

移民送還が従来通りのペースにとどまれば影響は小幅が予想されるが、働き手の減少は経済成長率にはマイナスに作用する。ブルッキングス経済研究所はトランプ氏の政策が移民流入を萎縮させる効果なども考慮した結果、ハリス氏の政策とくらべて25年の成長率を最大で0.5ポイント押し下げる可能性があると分析した。

出身国へ強制送還するため飛行機に乗せられる移民(6月、南部テキサス州)=ロイター

ドル安誘導、金融政策に大統領が「口出し」

トランプ氏は4月、ドル安・円高について「大惨事だ」とSNSに投稿した。前政権時は米連邦準備理事会(FRB)に利下げを迫る発言を繰り返してきた。今回の選挙戦でも金融政策の決定過程で大統領が発言できる仕組みをつくるべきだと主張している。

狙い

トランプ氏は通貨安を求める理由について、製造業の競争力低下につながるためだと説明してきた。輸入品は関税の引き上げで割高にする一方、輸出する際には自国通貨安でより有利な価格競争力を持てるという発想だ。共和内には中央銀行の独立性を維持することに懐疑的な論調もある。

実現性

実際に通貨安誘導で効力を持つのは大統領の発言ではなくFRBの金融政策だ。FRBは14年と長い任期の本部理事と地区連銀総裁で構成する米連邦公開市場委員会(FOMC)で政策金利の上げ下げを決定する。金融政策の決定が政治からの圧力で即座にゆがむ可能性は低い。

影響

投開票日となった5日の外国為替市場では、トランプ氏の優位た伝えられた瞬間からむしろドル高・円安が進んだ。トランプ政権で想定されるインフレ率の上昇や財政悪化は市場金利の上昇につながり、ドル高になるとの見方がある。

(ワシントン=高見浩輔)