Nikkei Online, 2025年2月2日 18:07更新
【ニューヨーク=川上梓】トランプ米大統領による高関税政策は世界の産業に供給網の変化を迫る。関税対象のメキシコやカナダに工場が集積する米自動車産業は年間営業利益のうち5兆円が減る可能性がある。米国はカナダへの資源依存も大きい。各国は対抗関税を表明しており、企業は貿易戦争に身構える。
大統領令ではメキシコとカナダに25%、中国に追加で10%の輸入関税を課す。特に影響が大きいのは自動車産業だ。米商務省の2024年1〜11月のデータによると、自動車や自動車部品はメキシコからの輸入総額の27%、カナダからの12%を占めた。
S&Pグローバルモビリティによると24年の米国の自動車販売台数の22%がメキシコとカナダで生産された。野村証券のダス・オニンド氏はメキシコ、カナダ、中国の3カ国への関税は完成車と部品を含む米自動車産業の営業利益を330億ドル(約5.1兆円)下押しすると試算する。このうち約7割はメキシコへの関税による影響だ。
メキシコは米国に比べて安価なコストと一定条件で無関税にする米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の恩恵で完成車や部品メーカーの拠点進出が増えていた。メキシコも自動車部品の5割を米国から輸入しており、報復関税を発動すれば双方に影響する。農産物の輸入依存も大きく、米農務省によると米国で消費されているアボカドの9割はメキシコ産だ。
カナダへの関税は米国の石油やガス、鉱物資源の輸入にも影響する。トランプ政権は石油や鉱物などへの関税は10%にとどめたものの、米国の原油輸入(数量ベース)の約6割はカナダ産で、メキシコ産を含めると約7割にのぼる。
米国際貿易委員会によると23年の米国の鉱物・金属輸入額の約4割はカナダ産だった。リチウムなど希少金属を寡占する中国以外からの調達に向け、製造業は近年カナダへの投資を増やしていた。
中国への関税は米国の消費財の価格上昇を招きそうだ。米国が中国から最も多く輸入しているのがテレビや音響機器などのエレクトロニクスで、24年1〜11月の中国からの輸入総額の約3割を占めた。家具やおもちゃ、衣料品の輸入も多く、価格上昇は消費を下押しする。
米国三井物産の上野佐有社長は「関税は消費税と同様に逆進性があり、低所得層ほど負担が重くなる」と指摘する。
企業は関税対象国以外への波及に備えた戦略も求められる。みずほ証券の小林俊介チーフエコノミストは「追加関税を課された国が米国に対して報復関税を課した場合、世界経済や日本経済に与える影響は雪だるま式に膨張する可能性がある」とみる。同社は一律関税は米国の実質GDP(国内総生産)を0.76%、日本で0.07%押し下げると試算する。
供給網の見直しが急がれそうなのは自動車産業だ。米国の自動車市場は中国に次ぐ規模で「関税は事実上、世界全ての自動車メーカーと部品メーカーが影響を受ける」(S&Pグローバルモビリティ)。日本車メーカーでは日産自動車が米国販売車の約27%、ホンダは約13%、トヨタ自動車は約8%をメキシコから輸入している。
メキシコから米国に拠点を移す検討も進む。独フォルクスワーゲン(VW)は米国販売車の4割以上をメキシコから輸入している。独紙報道によると同社は米国で高級車「アウディ」や「ポルシェ」の生産を計画しているという。
対米輸出が減れば、コスト競争力の高いメキシコ拠点を欧州など他国への輸出拠点にする動きも増えそうだ。KPMG米国のプリンシパル、ジョージ・ザハラトス氏は「メキシコは欧州連合(EU)と結ぶ自由貿易協定を活用するだろう」と予想する。
中国への追加関税は企業の中国戦略に直結する。日本経済新聞が24年12月に実施した「社長100人アンケート」で中国で事業展開する日本企業に調達を含む中国戦略を聞いたところ、「見直す」との回答は8.6%、「見直しを検討」は32.4%だった。
リコーは米国の対中追加関税を見据え、米国向けに輸出する事務機の生産地を中国からタイに移す調整を始めた。中国で生産する事務機は日本や欧州などの地域に仕向け地を変える方針だ。
関税が日本製品に恩恵になるとの見方もある。ゴールドマン・サックス証券の太田知宏氏は対中追加関税で中国の対米輸出総額が減る一方、日本の対米輸出総額が0.7%増えると試算する。