Nikkei Online, 2025年3月10日 10:00
トランプ米大統領の対外政策の本質がより明白になってきた。世界は大国同士が取引し、仕切っていくという発想だ。この前提に立てば、ロシアは侵略国であると同時に、ウクライナ停戦をまとめるのに欠かせない協力相手ということにもなる。
トランプ外交のもう一つの本質は、小国は大国同士のディールに口をはさまず、決定に従うべきだとの信念だ。停戦にさまざまな条件をつけるゼレンスキー・ウクライナ大統領に怒り、いったん軍事支援などを凍結したのも、そんな思考の表れだ。
1月13日公開の本欄で、トランプ外交の本質は新ヤルタ主義だと書いた(「トランプ流『いじめ外交』の本質 大国主義のヤルタ志向」)。第2次世界大戦末期、米英ソの首脳がクリミア半島のヤルタに集まり、戦後の勢力圏を取り決めた。そんな大国外交を、トランプ氏が進めるという趣旨だ。
新ヤルタ主義に加え、次第にあらわになってきたのはさらに無慈悲で、容赦ないトランプ外交の素顔だ。ルーズベルト、チャーチル、スターリンの3首脳はヤルタ会談で国連創設を決めるなど、世界秩序のレールも敷いた。
だがトランプ氏は世界の秩序づくりに関心がない。しかも対等なディールの相手と認めるのは、中ロなどの大国だけだ。
国力が小さかったり、米国への立場が弱かったりする国々は権益を取り立てる「捕食」の対象になる。典型がウクライナであり、中米パナマのパナマ運河やデンマーク領のグリーンランドだ。
トランプ氏は3月4日の施政方針演説で、パナマ運河に「taking it back」(取り返す)、グリーンランドに「get it」(手に入れる)という表現を使った。対価を払って購入するのではなく、必要なら捕食する物言いだ。
欧州諸国や日本、韓国といった米同盟国も人ごとではない。さすがに捕食対象とまでならなくても、トランプ氏は同盟国に「貸し」があると信じており、対等な取引相手とはみなしていない。
石破茂首相は2月上旬、トランプ氏との初会談を波乱なく終えた。日本政府・与党内には「1期目と同様、トランプ政権の2期目もなんとか切り抜けられる」との見方もあるが、大きな誤りだ。
トランプ政権の発足前、外交は危惧するほど過激にならないのでは、との淡い望みが米同盟国にあった。米政権に異なる複数の派閥があり、そのバランスの上に対外政策が決まると考えたからだ。
確かに、米政権内には今、4つの勢力が存在する。第1は国内再建を最も重んじ、米軍の対外関与に消極的な国内最優先派だ。典型はバンス副大統領である。
これと対極なのが、中国との大国間競争に勝つことをめざす対中強硬派だ。ルビオ国務長官やウォルツ大統領補佐官(国家安全保障担当)を中心とする。
3つ目は米軍の欧州関与を減らす一方で、中国をにらみアジアシフトを急ぐべきだと考える対外限定関与派(コルビー国防次官候補)。そして、最後は大富豪のマスク氏に代表される起業家である。
このうち、ルビオ氏ら対中強硬派は中国への対抗上、同盟との協調が大切なことは知っている。ゆえに同派がある程度、外交を制御してくれるという望みを日韓など米同盟国は抱いていた。
しかし、現実は異なる。内情に詳しい元米高官やトランプ政権の政策アドバイザーらによると、政権内にトランプ氏に強い影響を及ぼせるような派閥は存在しない。
閣僚や側近らは政策や思想によって緩やかに結びついてはいるが、派閥のような塊ではなく、ばらばらの星雲状態に近い。それだけにトランプ氏の権力は王様のように絶大だ。
宇宙に例えるなら、トランプ氏は太陽で、その周りを閣僚や補佐官という惑星が回っている。太陽に逆らえば引力を絶たれ、太陽系の外に追い出される。
トランプ政権1期目の元側近は語る。「閣僚や側近は意見を具申するどころか、トランプ氏の意向をそんたくするのに懸命だ。彼が喜ぶような言葉を競って発信し、歓心を得ようとしている」
その典型がバンス副大統領だ。2月のミュンヘン安全保障会議で欧州を激しく批判したのは、欧州嫌いのトランプ氏を意識してのことだった。
同月末、ホワイトハウスを訪れたゼレンスキー氏を、バンス氏はトランプ氏の前で面罵もした。ワシントンの外交専門家の間では、政治パフォーマンスとの解釈が多い。
苦言を呈する側近の不在は、トランプ氏に複数の危険をもたらす。第1に、トランプ氏という太陽が膨張し、「太陽系」の形がゆがんでいく恐れがある。すでに彼に近いマスク氏と閣僚らの対立が伝えられる。ウクライナ停戦や関税外交が行き詰まれば、閣僚や側近の間の摩擦も生じるだろう。
第2は、トランプ政権への恐れや反発から、同盟国や友好国の米国離れがじわりと進むことだ。内部の結束を保てたとしても、広い宇宙で孤立したら、太陽系は偉大な座を占めることはできない。
中国では、習近平(シー・ジンピン)国家主席が自身に絶大な権力を集めた。専制的になると耳の痛い情報が上がらなくなり、判断を誤る危険が増す。
一党独裁の中国と米国では次元も構造も全く異なるが、トランプ氏も似たリスクを抱える。米政権内の権力構造に、世界は目を凝らし続けた方がいい。