Nikkei Online, 2026年3月5日 11:00

米軍とイスラエル軍によるイラン攻撃では、イラン国内のアプリや防犯カメラがハッキングされるなどイスラエルのサイバー技術が駆使されている。SNS上でのスパイ活動や人工知能(AI)を使った市民監視も活発で、軍関係のIT企業が暗躍する。軍民一体で高める「サイバー戦闘力」がイスラエルの軍事作戦を支えている。
「武器を置くか、解放軍に加われ」
2月28日朝の首都テヘラン攻撃直後、こうしたメッセージがイランのスマホアプリ「BadeSaba(バーデサバ) Calendar」に表示された。同アプリはイスラム教徒向けに礼拝時間を管理するもの。米誌ワイアードによると、イスラエルがアプリをハッキングした可能性がある。
イランの最高指導者ハメネイ師は米軍とイスラエル軍に殺害された。厳戒態勢下での最高幹部との会合を狙われた形だ。3日には同氏の後継を選ぶ会議がピンポイントで攻撃された。イスラエルと米国は張り巡らせた諜報(ちょうほう)網によってイラン側の機密情報を把握している可能性が高い。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)などによると、イスラエルは数年前からテヘラン市内の多数の監視カメラをハッキングしていた。護衛隊を中心に各隊員の警護対象、勤務時間などの日常情報を蓄積し、警備が手薄な時間帯などを分析していたと報じた。

スマホアプリのハッキングも初めてではない。
21年にはイスラエル企業NSOグループのスパイソフト「ペガサス」が監視対象者のスマートフォンに仕掛けられ、米メタの対話アプリ「ワッツアップ」の記録などが盗み見られていたことが明らかになった。同社はジャーナリストや反体制派を監視するツールとして各国政府にペガサスを販売していた。
23年に始まったパレスチナ自治区ガザ侵攻では、イスラエル軍がガザ市民の通話・通信記録などを傍受し、攻撃対象を決める際の重要な判断材料としていた。大量監視のデータ基盤構築に米マイクロソフトが協力したと報じられ、同社はイスラエル軍へのサービス提供を一部停止した。
イスラエル軍出身のスタートアップ経営者が日本経済新聞の取材に諜報活動の一端を明かした。同軍隊員は世界中のSNSやネットの闇サイトに「アバター(分身)」と呼ぶ架空の人物のアカウントを多数運用し、日頃から情報収集しているという。
SNSに写真を投稿する利用者に接触して街中の画像を入手する。不特定多数のグループチャットに入り込んで友人のように振る舞うこともある。衛星画像では捉えきれない地上の詳細な様子を探り、侵攻ルートの確認など軍事作戦遂行に役立てているとみられる。

過去にイスラエルのサイバー軍を視察した日本政府関係者も「1人で数百のSNSアカウントを操作し、一括管理できる仕組みをつくっていると聞いた」と話す。海外の重要人物や技術者と直接やりとりできれば、敵対組織のシステムへのハッキングに役立つ情報も集められるためだ。
こうした特殊作戦はサイバー空間にとどまらない。
24年9月にはレバノンやシリアでポケベルの爆発が相次ぎ、親イランの武装組織「ヒズボラ」の構成員や市民が死亡した。死傷者は約3000人にのぼった。イスラエル側がハンガリーにつくった架空会社などを通じ、製造過程でポケベルに爆発物を組み込み、遠隔操作で一斉に爆発させた。
イスラエルでは男女問わず兵役があり、特に優秀な人材は諜報活動に従事する。イスラエルの特務機関「モサド」や国防軍の「8200部隊」は、諜報力が高い組織として知られる。さらに軍出身者が開発したセキュリティーソフトが各国政府や企業で利用されるなど、サイバー空間で大きな影響力を持つ。
イスラエルにとってセキュリティーを含むハイテク産業は同国輸出額のおよそ半分を占める基幹産業だ。米テック企業による買収も相次ぐ。25年には米グーグルがセキュリティー企業Wiz(ウィズ)を320億ドル(約5兆円)で買収すると発表した。

一方、通信傍受や大量監視といったイスラエルの手法には批判の声もある。ガザ侵攻をめぐってはオランダの国際刑事裁判所(ICC)が24年11月、戦争犯罪や人道に対する罪を犯したなどとしてネタニヤフ首相らに逮捕状を出した。
セキュリティー業界に詳しい慶応大学の土屋大洋教授は「ユダヤ人迫害の歴史もあり、イスラエルでは『自分たちを守るためなら何でもする』という価値観が強い」と指摘する。その上で「セキュリティーソフトが日常的に情報収集に使われている可能性もある」と警鐘を鳴らす。
(伴正春、編集委員 須藤龍也)
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