Nikkei Online, 2023年11月5日 2:00
10月のノーベル賞の発表は科学への社会の関心が高まる大きな機会だ。受賞者の出身国に目が向きがちだが、その所属機関を見ると米国の強さが際立つ。科学関連の3賞について00年以降の受賞者をみると、米国生まれは全体の4割弱だが受賞時に米機関に所属していたのは約6割を占める。海外から多くの人材を集めてきたことが分かる。
ノーベル賞は業績を挙げてから受賞までに10年以上かかることが多い。受賞時には業績が評価されて優れた研究機関でポストを得ている。受賞者がどの国の研究機関に所属していたのかをみることで、実際にアカデミアをけん引してきた国がおおよそ分かる。
ノーベル財団の発表資料をもとに00年以降で生理学・医学賞、物理学賞、化学賞の受賞者186人を調べると、米国生まれは69人で全体の約37%になる。一方、発表時に米国の大学などに所属していたのは兼務を含めて109人で同約59%になる。3賞それぞれでみても同56〜63%と高い。
英国やドイツなどの機関でも所属する他国出身者が受賞した例はあるが数人にすぎない。米国は圧倒的で唯一の存在だ。アジアや欧州など幅広い国の出身者が米国で研究活動をして受賞している。日本生まれでも南部陽一郎氏や中村修二氏、真鍋淑郎氏など5人が受賞時に米国機関で研究していた。
米国は世界の知の過半数を取り込み、アカデミアをけん引してきた。基礎研究を盛んにする中で生まれたイノベーションの芽を育て、産業競争力にもつなげている。生理学・医学賞や化学賞と関連する医薬・バイオなどは米国の競争力の高い分野だ。
受賞者のデータは実態を遅れて反映する遅行指標だが今後はどうだろう。近年、世界はデカップリング(分断)が進み、科学技術分野への影響も懸念されている。研究力の指標となる論文の本数をみると米国は中国に抜かれた。研究者の数も中国の方が多い。今後、どちらが他国から優秀な人材をより多く集められるかもポイントになるだろう。
日本は世界から優れた人材を招くことができるだろうか。近年、ノーベル賞受賞時に日本の研究機関と関係していた例もある。
21年の化学賞受賞者のドイツ、マックス・プランク石炭研究所のベンジャミン・リスト氏は北海道大学の特任教授を兼務していた。22年の生理学・医学賞受賞の同マックス・プランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ氏は沖縄科学技術大学院大学の非常勤の教授だ。国内の大学は兼務などで優れた人材を呼ぼうとしている。
内閣官房の科学技術顧問を務める橋本和仁・科学技術振興機構理事長は「分断の影響で、欧米などは日本に科学技術の協力を求めている」と話す。日本はそうした協力を通してトップ人材との関係を深め、国内の人材を育てることが求められる。海外から人材を招くには言葉の壁や社会の閉鎖性なども影響して簡単ではない。大学改革などを進めて、研究環境の改善を急がなければならない。