Nikkei Online, 2025年7月15日 5:44更新
トランプ米大統領はウクライナを侵略するロシアへの圧力強化にかじを切った。9月初めまでに停戦できなければ、中国やインドを念頭にロシアと貿易する第三国に100%の関税を課す。中印が原油調達先を中東産に切り替えれば、原油価格が上昇し世界経済の重荷となりかねない。
「4回ほど合意に達したと感じていた。しかし事態は延々と続いている」。トランプ氏は14日、ホワイトハウスで北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長と会談した際、記者団にロシアのプーチン大統領への不信感を口にした。
トランプ氏は1月20日の大統領就任後、プーチン氏と6回の電話協議をした。「電話を切る時にいつも『良い電話だった』と言うが、直後にウクライナの首都キーウなどにミサイルが撃ち込まれる」と振り返った。「言葉だけでは通用しない。行動が必要だ」と説き、対話一辺倒だった対ロ外交を転換させた。
その一つが関税を使った制裁だ。「50日以内に停戦合意に至らなければ、2次関税を導入する」と断言した。期限内に停戦合意が実現しなければロシアから石油やガスを調達する中印などに100%の関税を課して貿易を断つよう迫る。
トランプ氏が2次関税を表明した後、原油市場の反応は限られている。米国指標のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)先物は14日、前週末比2%安の1バレル66ドル台まで反落した。
トランプ氏の関税率は、米連邦議会で審議していた最大500%の制裁案より低いうえ、50日の猶予期間を設けたため、需給が引き締まることへの懸念がひとまず後退した。
もっとも2次関税が発動されれば、供給懸念から相場に上昇圧力がかかるとの見方は多い。
欧州調査会社ケプラーの海上輸送データによると、2024年のロシア産原油の輸出量は日量345万バレル程度に上る。国際エネルギー機関(IEA)が公表する世界の石油供給の3%にあたる。仮に全ての量が取引できなくなれば、需給バランスが大幅な不足に傾く規模だ。
ロシアのウクライナ侵略以降、ロシア産原油は中印が買い支えてきた。フィンランドのシンクタンク、エネルギー・クリーンエア研究センターによると、2022年12月から25年4月のロシアの原油輸出先は中国が47%、インドが38%だった。
米政権が2次関税を発動させれば、中印がロシアとの取引を抑え調達先を中東産に切り替える可能性がある。「トランプ政権が打ち出す相互関税を巡る協議が続くなか、新たな課税は避けたい」(第一生命経済研究所の西浜徹主席エコノミスト)との見方があるためだ。
米国のウィテカーNATO大使は米CNNテレビのインタビューで、2次関税の狙いについて「ロシアから石油を購入している国への制裁で、インドや中国への関税措置だ。ロシア経済に劇的な影響を与えるだろう」と警告した。
IEAは石油輸出国機構(OPEC)の増産余力が日量約400万バレルあるとはじく。単純計算すれば中印がロシア産から中東産などにシフトしても埋め合わせは可能だ。ただ全ての余力を増産にあてるには時間がかかるため、短期的には原油相場の押し上げ要因になる。
トランプ氏は対ロ制裁を巡り「米国に多額のコストが生じる」との懸念も抱いていた。エネルギー価格の高騰を招き米国内の物価にも跳ね返れば、26年11月の米中間選挙で共和の逆風になるおそれもあるためだ。2次制裁の発動は副作用もにらみながらの判断になる。
影響は日本にも及びかねない。原油輸入の大半を中東に頼るため、中東産原油の引き合いが強まれば輸入価格が上昇しやすくなる。国内物価の上昇につながり、景気が冷え込む恐れがある。
西側諸国によるロシア産原油への制裁の効果は、これまで限られている。現状は主要7カ国(G7)などが22年12月から、1バレル60ドルの価格上限を超える取引について、欧米の船舶保険を使えないようにしている。
一方、ロシア側は老朽船などで「影の船団」を編成。価格上限を避けながら制裁を逃れ、原油を輸出している。ケプラーの調べでは、24年の海上輸出量は21年に比べ14%増えた。エネルギー・クリーンエア研究センターによると、6月はロシア産原油のうち59%が影の船団で輸送されたという。
ロシアは迂回輸出を通じて石油収入を維持してきた格好だ。ロシア財務省によると、24年の石油・ガス収入は11兆ルーブル(約20兆円)となり、前年比で26%増えた。
エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の原田大輔調査部長は「これまでの西側諸国の制裁は、第三国に安く買わせる戦略が中心だった」とした上で「ロシア産の締め出しにつながる2次関税は大きな方向転換だ」と指摘する。
ロシア上院のコサチョフ副議長は14日、トランプ氏の表明を受けて「50日間で戦場や米国の状況も変わる可能性がある。私たちの機運は全く影響を受けない」とSNSに投稿した。
プーチン氏はトランプ氏に再三、侵略を続ける「根本原因の除去」を訴えてきた。ウクライナのNATO加盟放棄やロシアが一方的に併合したウクライナ東・南部4州からの同軍撤退という要求を取り下げるつもりはない。
トランプ氏は対ロ圧力を強めるため、関税による制裁を警告したほか、ウクライナへの武器支援も増強する。トランプ氏は同国が切望してきた防空システム「パトリオット」の供与を承認した。費用は欧州が負担する。ルッテ氏によると、ミサイルや弾薬も送る。
トランプ氏は他の兵器には触れなかったものの、米ニュースサイトのアクシオスは14日、計画にはロシアの奥深くまで攻撃できる長距離ミサイルも含まれると報じた。攻撃用兵器の供与が実現すれば、自衛の武器に限っていた軍事支援の方針転換になる。
(ワシントン=坂口幸裕、真田湧生)
Nikkei Online, 2025年7月15日 5:44更新
【ワシントン=坂口幸裕】トランプ米大統領は14日、ウクライナ侵略を続けるロシアが50日以内に停戦交渉で合意しなければロシアに制裁を科すと表明した。ロシアから石油やガスなどを購入した第三国に100%の関税を課す「2次関税」を実施する。ウクライナには武器供与を継続する。
トランプ氏は14日、ホワイトハウスで北大西洋条約機構(NATO)のルッテ事務総長と会談した際に、記者団に明らかにした。14日にロシアを巡る「重大な声明」を発表すると予告していた。「50日以内に合意できなければ、非常に厳しい関税、つまり『2次関税』と呼ばれる約100%の関税を課す」と明言した。
米連邦議会はロシアへの追加制裁法案の月内可決を視野に動く。超党派の議員がロシアから石油・ガスなどを輸入した第三国に最大500%の関税を課す追加制裁法案を議会に提出した。
トランプ氏は議会の制裁法案とは別に、政府として同様の仕組みの制裁措置を検討する。詳細は不明だが、議会の法案はウクライナを支援してきた日欧などを対象から外す例外措置を設けた上で、中国やインドにロシアとの貿易を断つよう迫る狙いがあるとみられる。50日間の期限は9月初めになる。
中印は米欧が主導した対ロ制裁に加わらず、軍事・経済面でロシアの継戦能力を支えてきた。フィンランドのシンクタンク、エネルギー・クリーンエア研究センターによると、2022年12月から25年4月のロシアの原油輸出先は中国が47%、インドが38%、トルコが6%だった。
議会の法案を主導する共和党のリンゼー・グラム上院議員は中国、インド、ブラジルを名指しし「この戦争を終わらせる唯一の方法は、米国経済かプーチン(ロシア大統領)支援のどちらかを選ばせることだ」と訴える。
トランプ氏は「制裁を科せば米国に多額のコストが生じる」と懸念してきた。対ロ制裁でエネルギー価格の高騰を招いて米国内の物価に跳ね返るリスクがある。
ウクライナには武器供与を継続する意向を示した。「米国は武器を送り、その代金は欧州が支払うと合意した。米国はいかなる支払いもせず(武器を)製造する」と説明した。数十億ドル相当の装備品がNATO加盟国が購入し、ウクライナに配備されるとの見通しを示した。
記者団に「プーチン大統領に失望している。2カ月前には合意に至ると思っていたが、メドが立ちそうにない」と話した。ウクライナについて「装備面で劣勢にある。最近数週間の行動が示すように、ロシアは強硬姿勢をとっている」と語った。
ウクライナへの防空システム「パトリオット」の供与を巡っては「数日内にウクライナに届く予定だ」と強調した。13日には「費用は欧州が負担する。切実に必要としているパトリオットを送る」と断言した。
ルッテ氏によると、ドイツのピストリウス国防相が14日に米国のヘグセス国防長官と会談し、ドイツが保有するパトリオットを譲渡する案を調整する。
トランプ氏はウクライナに送る他の兵器には触れなかったものの、米ニュースサイトのアクシオスは14日、計画にはロシアの奥深くまで攻撃できる長距離ミサイルも含まれると報じた。攻撃用兵器の供与が実現すれば、自衛の武器に限っていた軍事支援の方針転換になる。
米国は、ロシアとウクライナの対立のエスカレートを避けるため、軍事支援は自衛の武器に絞ってきた。トランプ氏は2024年大統領選で勝利した後に、ウクライナが長距離兵器でロシア領内を攻撃するのを容認したバイデン前政権を批判した経緯がある。
ウクライナのゼレンスキー大統領は14日、同国を訪問した米国のケロッグ・ウクライナ担当特使と会談したと発表した。防空体制の強化や対ロ追加制裁などを協議した。
ウクライナへの追加資金の提供も取り沙汰される。米CBSテレビは12日、トランプ氏が就任以来初となる新たな資金援助を検討していると報じた。財源としてバイデン前政権下で残された38億5000万ドル(約5700億円)を利用する可能性があるという。