Source: Nikkei Online, 2023年10月18日 5:06
16日、西部コロラド州への遊説を急きょ延期したバイデン米大統領。朝からホワイトハウスで国家安全保障チームの報告を受け、夜までかけて決断を下した。翌日に米国をたち、18日にイスラエルを訪問する。
「今、中東は過去20年で最も静かだ」。米国の安保戦略を仕切るサリバン大統領補佐官が断言したのは、イスラム組織ハマスがイスラエルに大規模攻撃を仕掛けるほんの8日前だった。
イスラエルとサウジアラビアの関係正常化の仲介をバイデン政権が急ぐさなかだった。中東に新たな力の均衡をつくり、敵対するイランとの緊張を緩めつつ米国の力の低下を補う土台を固め、隙間に入ろうとする中国を阻む堤を築く――。2024年11月の米大統領選挙を控え、歴史的成果を上げたい思惑も働いた。
米政府関係者はパレスチナ問題を中東情勢を一気に覆す「ワイルドカード(万能札)」と警戒してきた。それでも「この種の攻撃を示唆する情報はなかった」(サリバン氏)という不意打ちを食らい、秩序形成の試みは暗礁に乗り上げた。
バイデン大統領はすぐに「疑いの余地なくイスラエルを支援する」と宣言し、12日にイスラエルを訪れたブリンケン米国務長官は米国からの軍事支援物資の到着を表明した。米空母打撃群も東地中海に展開し、レバノンの親イラン武装組織ヒズボラやイランなど混乱に乗じようとする勢力を抑止する姿勢を強めた。
バイデン氏のイスラエル訪問は上院議員になりたての1973年から半世紀で2桁に達し、「支援」の言葉に噓はないだろう。問題は「敵」が米国の意志と能力をどれだけ信じるかだ。
米議会では3日に解任された下院議長の後任を巡り共和党が内紛に没頭し、マイケル・マコール下院外交委員長は「最大の脅威の一つはあの会議室にある」といら立った。11月17日のつなぎ予算の期限が近づくのに、イスラエルやウクライナを支援するための財源確保も政争に翻弄される。
バイデン政権は21年8月、アフガニスタンから米軍を撤収させて20年におよぶ対テロ戦争を終わらせ、中国との競争に戦略の軸足を大きく移した。トランプ前政権と違って米国の役割に焦点を当て、新たな国際秩序を探ろうとしてきた。
現実は理想とかけ離れ、内向きで身勝手な米政治の姿が定着した。その代償は重く、世界に危機が増殖する隙が広がった。米国は軍事、経済、技術でなお世界最強とはいえ、第2次大戦後のような万能感はない。国益を守るために冷徹な選択と集中を迫られる。
外交・安保の専門家ザック・クーパー氏は「米国は今後もインド太平洋地域を重視し続けざるを得ない。その結果、欧州や中東への関与が薄まり、同盟国の不安が増すことが次の米政権で現実的なリスクとなるだろう」と指摘する。
世界は多極化どころか、さらに不安定な「極なき世界」に陥りかねない。その縮図といえる中東で米国は暴力の連鎖を断ち切れるか。ハマスが敵視するのはイスラエルだけではない。米国が「静かな中東」を前提に描き直そうとしている国際秩序そのものである。
(ワシントン支局長 大越匡洋)