Source: Nikkei Online, 2025年4月24日 7:57更新
【ワシントン=坂口幸裕、ロンドン=江渕智弘】トランプ米大統領は23日、ロシアが2014年に一方的に併合したウクライナ領クリミア半島の奪還断念を拒んだ同国のゼレンスキー大統領を批判した。自身のSNSでクリミアについて「数年前に失われ、議論の対象ですらない。ロシアとの和平交渉に極めて有害だ」と主張した。
両者の溝はふたたび深まりつつあり、米国が協議や軍事支援から撤退するシナリオもちらつく。武器不足からウクライナの戦線維持が困難になる懸念が浮かぶ。
トランプ氏は23日、ホワイトハウスで記者団に「ロシアは準備ができているし、我々はロシアと合意していると思う」と話した。「ゼレンスキー氏と合意しなければならない。彼との交渉の方が簡単だと思っていたが、現時点でより難しい。しかし双方と合意できると考えている」と語った。
トランプ氏とゼレンスキー氏は26日にバチカンでのローマ教皇フランシスコの葬儀に参列する計画だ。記者団から現地でゼレンスキー氏と会うかと聞かれ「多くの会談を予定している。たくさんある」と述べるにとどめた。
米紙などによると、ルビオ米国務長官が17日のパリでの高官協議でウクライナ側に提示した仲裁案には、米国によるロシアのクリミア併合承認やウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟断念などロシアに配慮する内容が並んだ。
ウクライナはクリミアがロシアの事実上の支配下に入ることを認めないとする立場を崩さない。ゼレンスキー氏は22日、「クリミアをロシア領と法的に認めることはウクライナの憲法に違反し、あり得ない」と強調した。
トランプ氏はSNSに「誰もゼレンスキーにクリミアをロシアの領土と認めるよう求めていない」とも書き込んだ。米国の仲裁案にクリミアの扱いが含まれると事実上認めた形だ。米国によるクリミア併合の承認であり、ウクライナの承認は求めていないとの考えが念頭にあるとみられる。
そのうえでゼレンスキー氏を「何のカードもない男」と断じ「やり遂げるべきだ」と歩み寄りを迫った。
米国はロシアによるクリミア併合に対し、戦後秩序を形成してきた「領土保全」の原則が侵害されたと厳しく批判してロシア領と認めてこなかった。承認すれば大きな方針転換になる。
来週にトランプ氏が就任100日を迎えるのを控え、早期の進展へ焦りがにじむ。
トランプ氏は「クリミアが欲しいのなら、なぜ11年前にロシアと戦わなかったのか。ゼレンスキーの扇動的な発言が、この戦争の解決を難しくしている」と非難した。「彼には自慢できるものは何もない。状況は深刻で、彼は平和を選ぶか、戦い続けて国全体を失うかだ」と決めつけた。
バンス米副大統領は23日、ウクライナとロシアに提示している停戦交渉の仲裁案を巡り「彼らがイエスと言うか、米国がこのプロセスから離脱する決断を下すときだ」と表明した。訪問先のインドで記者団に、米国を含む3カ国が合意できると「楽観的だ」と述べた。
米国の提案内容について「現在双方がいる場所に近い形で領土の境界線を凍結し、長期的な和平につながる外交的解決策を講じる」と説明した。記者団から現在の戦線を維持するということかと問われ「そうではない。現在の戦線付近のどこかに、最終的に新たな境界線を引く」と話した。
バンス氏は「これはウクライナとロシアの両方が現在保有する領土の一部を放棄しなければならないという意味だ。領土の交換が必要になるだろう」と強調した。「ロシアとウクライナが中間点で合意するよう望む」と提起した。
英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)は22日、ロシアのプーチン大統領が11日に米国のウィットコフ中東担当特使と会談した際にウクライナ侵略を現在の前線で停止する用意があると伝えたと報じた。
プーチン氏はかねて停戦条件として、2022年9月に一方的に併合を宣言したウクライナ東・南部4州全域からのウクライナ軍撤退を挙げてきた。ウクライナが統治する地域の領有権は主張しないと初めて歩み寄りを示す一方、見返りに米国から大幅な譲歩を引き出したもようだ。
米国のウィットコフ氏は週内にロシアを訪れる。ロシアに有利な条件で米国が停戦交渉を進めれば、米国がロシアの侵略を事実上容認する事態になるおそれがある。
ウクライナ支援で結束してきた欧米側の足並みも乱れつつある。
ウクライナと米英独仏が23日にロンドンで開いた高官協議で、停戦の道筋はつかなかった。直前に米国のルビオ国務長官とウィットコフ氏が欠席を決め、実務者会合に格下げせざるをえなかったからだ。
このまま米国がロシアへ接近すれば、ウクライナと地続きの欧州には戦費負担の上昇などが現実のリスクとしてのしかかってくる。
独キール世界経済研究所によると、ウクライナを軍事・経済支援する41カ国・地域と欧州連合(EU)のうち、1〜2月は米国の分担額が4億8000万ユーロ(約780億円)のみと全体の5%にとどまった。すでに米国は支援を絞り始めている。
米国の穴を埋めるように、欧州は武器供与やエネルギーインフラなどの支援を強め、1〜2月は全体の73%を担った。24年通年の44%から跳ね上がり、負担が集中している。
ウクライナの戦場ではバイデン前政権時代に決めた米国からの武器供給が続いているものの、防空ミサイルや弾薬の不足が指摘される。
ウクライナ最高会議(議会)の防衛委員会委員であるフェディル・ベニスラフスキー議員は3月時点で、米国からの支援が止まれば、兵器の在庫は6カ月ほどで尽きるとの見方を示していた。
ロシア軍がミサイル攻撃を繰り返すなか、ウクライナは米国製の地対空ミサイルシステム「パトリオット」でしのいでいる。軍事専門家らはパトリオットの不足分について、フランスとイタリアが開発した中距離防空システム「SAMP-T」の供与を受ける必要があると指摘する。
ロシア側へ反撃するための長距離ミサイルも弾薬不足に直面する。ゼレンスキー政権は欧州に支援を求めており、ドイツのメルツ次期政権とは長距離巡航ミサイル「タウルス」の引き受けについて協議する。兵器の面でも欧州への依存を高めざるを得ない状況だ。