Source: Nikkei Online, 2026年2月12日

【メキシコシティ=市原朋大】パナマ運河(中米パナマ)両端の港を管理していた中国・香港の巨大企業グループとの委託契約をパナマ最高裁が違憲と判断し、運河周辺からの排除が確実になっている。超大国同士の板挟みに巻き込まれて1年、膠着状態に陥った米中対立から抜け出すパナマの一手は小国の模範解答にも映る。
パナマのムリノ大統領は5日、「パナマは地球上のどの国にも脅かされることはない」と述べ、港の運営権を単一企業が持つことは「二度とない」と強調した。すでに重要インフラの管理を民間委託する際の契約形態の見直しに動き始めている。
パナマ政府は新たな制度で25年間の契約期間を短縮し、更新時の審査も厳格化するとみられる。管理の実務上でも政府やパナマ運河庁の権限を大きくして、政治問題化を避ける仕組みに変える可能性が高い。新たな枠組みが固まるまではデンマークの海運大手、APモラー・マースク傘下の企業が港の管理を代行する。
一方、CKハチソンは4日、パナマに対する国際仲裁手続きを始めると発表していた。中国も「中国・香港の企業の正当な権利と利益を深刻に損なう。パナマは深刻な代償を支払うことになるだろう」などと表向きは激しく反発している。
パナマ運河両端のバルボア港(太平洋側)とクリストバル港(大西洋側)は、長江和記実業(CKハチソンホールディングス)の子会社が1997年から管理してきた。最高裁が問題視したのは、21年に同社が更新した25年間の長期契約だ。
パナマの会計監査官が25年7月、ハチソン側の不法行為によって同社が少なくとも3億ドル(約470億円)を不正に取得したと主張し、最高裁に提訴した。昨春に米ブラックロックが率いる投資家連合が提案していた228億ドル(約3兆5000億円)の大型買収に中国政府が猛反対し、最終合意が宙に浮いていた時期だ。

25年1月に米大統領に復帰したトランプ氏が「中国がパナマ運河を支配している」と非難したことでにわかに注目が集まったようにみえるが、バイデン前政権時代から米国はパナマ運河両端の2港を管理する香港企業を問題視していた。同社が管理を始めて30年足らずの間に、米中間の安全保障環境が様変わりしたからだ。
90年代は「世界の工場」に過ぎなかった中国が急成長し、米国と肩を並べる大国になった。広域経済圏構想「一帯一路」を提唱し始めて世界各地で重要インフラに入り込み、20年には香港政府も事実上、中国政府の影響下に入った。
能力が高く、資金力もあって使い勝手の良い歯車だったCKハチソンも、こうなると政治的に中立な民間企業とみるのは難しい。実際に台湾有事となれば、パナマ運河は米東海岸から太平洋に抜ける米艦艇や補給船の航路となる。米国の譲れない一線だ。
ムリノ大統領はトランプ氏の批判を受けて一帯一路構想からの離脱を表明しながらも、CKハチソンをめぐる対立では中国を名指しで批判するのも徹底して避けた。運河の重要顧客であり、主要な輸出先でもある中国との関係は壊せない。

パナマにとって米国はコロンビアからの独立の際に支援を受けた建国の父であり、パナマ運河を建設した生みの親でもある。トランプ政権の顔を立てて香港企業を排除しながら、契約時の不法行為を強調して中国をやり玉に挙げるのは避けた。こうした対応は、中国が特定の国への不公平な扱いを理由に国際機関へ提訴するのも難しくする。
ただ近年の中国は米国の非難の矢面に立ちかねないインフラの直接管理より、システムや機器を通じて内部に入り込む戦略を選ぶようになっていた。港湾クレーンでは中国の建機大手、上海振華重工(ZPMC)が米国でも高いシェアを握る。
南米ベネズエラにレーダーなどの防空システムを、キューバには通信傍受のインフラを提供するなど、中国はいわば国の安全保障を動かすエンジンの内部で欠かせない存在になろうとしている。米中のさや当ては表面上より、水面下でなお熱い。