Nikkei Online, 2024年2月20日 5:00
まもなく2年を迎えるロシアのウクライナ侵攻は、平和を維持するコストの重みを世界に印象づけた。主要7カ国(G7)など西側諸国が同国に送った援助は1600億ユーロ(約26兆円)を超え、戦況が膠着する中で支援継続への逆風は強まっている。ルールに基づく国際秩序の回復は、日本を含めた西側諸国にとって厳しい長期戦となる。
「戦争がいつ終わるのかウクライナに聞くな。なぜロシアが戦争を継続できるのか自問してほしい」。ウクライナのゼレンスキー大統領は17日、ドイツ南部で開催したミュンヘン安全保障会議でこう語りかけた。激戦が続く東部ドネツク州の要衝アブデーフカからの撤退を決めた直後だった。
米議会でウクライナ向けの追加予算案の承認が滞る中、「人為的な武器不足はプーチン(ロシア大統領)を戦争の激化に適応させる」と訴えた。
「ウクライナの戦線維持を支援することは、米国にとってはるかに有利でコストもかからない」。米戦争研究所は2023年12月、ロシアが勝利した場合に平和を維持する費用は「天文学的になる」と指摘した。
ウクライナが敗北すれば新たに1千キロメートルを超える欧州連合(EU)各国の国境近くにロシア軍が迫ることになる。ロシア軍の西進に対応するために、米軍や北大西洋条約機構(NATO)軍は東欧での部隊増強が迫られる。ステルス戦闘機を新たに多数、配備する必要も出てくる。
最新鋭F35の1機当たりの調達コストは7千万ドル(約100億円)を超え、年間700万ドル超の運用・維持費用がかかるとされる。NATO加盟国は今後10年間で600機を配備する計画だが、機体の製造やパイロットの養成には長い時間がかかる。
G7の軍事関係者の間では、ウクライナの敗北シナリオで割を食うのは日本や台湾だとする見方も出ている。台湾周辺における中国の軍事的脅威を抑止するためのアジアでの米軍戦闘機の配備が遅れたり、主力兵器の配備数が絞られたりする可能性があるためだ。
トランプ前米大統領が11月の大統領選で勝利すれば、さらに先行きは混迷する。前大統領はNATO加盟国に対して軍事費を増額するよう圧力をかける。
前大統領が返り咲けば、ウクライナに領土割譲の妥協を強いるとみられる。「力による現状変更」の容認につながり、アジアにおける中国軍の勢力拡張を勢いづかせる可能性が高い。
戦後の国際秩序を支えてきた米国不在となれば、自衛のため各国が軍事を拡大させる公算が大きい。NATOは14日、24年に加盟31カ国のうち18カ国が国防費を国内総生産(GDP)比で2%以上に増やす目標を達成すると明らかにした。
今後は冷戦期の平均とされるGDP比3.5%までの増加が必要になるとの見方も広がる。その場合、例えばドイツの国防費は22年比で倍増し、1000億ドルを大きく超えることになる。これは同年の日本の防衛費の3倍の水準だ。
欧州外交評議会のグレッセル上級政策フェローは「安保コストとしては現時点でウクライナを強力に支援した方が長期的に安くすむのは明白だ」と指摘する。
(ウクライナ取材班)