旭化成名誉フェロー 吉野彰(30)環境革命

新技術で予測超える未来 25年ごろから成果身近に

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Nikkei Online, 2021年10月31日 2:00

国連が持続可能な開発目標(SDGs)を掲げ、国際社会は地球環境の保全や格差のない社会の実現へと歩みを強めている。目標達成へカギを握るのは「環境革命」を起こせるかどうかだ。私は今まさにその準備期間にあり、2025年ごろから環境革命の成果が現れ始めるとみている。


大阪万博が発信する
メッセージに期待している

IT(情報技術)革命の始まりは1995年だった。パソコンの基本ソフト「ウィンドウズ95」が発売され、リチウムイオン電池が携帯端末向けに普及し始めた。私が新型2次電池の研究を始めたのは81年。およそ15年の準備期間をへてIT革命が花開いた。

環境革命はいつから準備期間に入ったのか。2010年だったとみる。ひとつの根拠は「サステイナブル」という言葉だ。国際標準化機構(ISO)がこの年、「現在の世代だけでなく将来世代も一人ひとりが豊かな暮らしを築けること」と定義し、多くの人が口にするようになった。

日本の自動車メーカー2社が量産車としては世界初の電気自動車(EV)を市販したのも10年だった。EVは急速に普及しつつあり、25年ごろには車の主役になるだろう。

環境革命によって社会はどのように変わるのか。

イノベーションの特徴は予測不可能なことが非連続に起きることだ。リチウムイオン電池がモバイル社会を導くとは当初想像できなかったように、未来は現在の延長線上では予測できない。温暖化対策や食糧問題などでは常識を覆す新技術が登場するだろう。

国立研究開発法人の産業技術総合研究所(産総研)に「ゼロエミッション国際共同研究センター」が20年に創設され、私はセンター長に就いた。温暖化ガスの排出ゼロに向け次世代の太陽電池や人工光合成、合成燃料などの研究に取り組んでいる。

ここで進めている興味深い研究をひとつ紹介しよう。二酸化炭素(CO2)を吸着する鉱物の話だ。

産総研の歴史は1882年創設の農商務省地質調査所に始まる。その伝統を受け継ぐ地質グループから、CO2を効率よく吸収する鉱物が日本国内に無尽蔵に存在し、温暖化対策に活用できると提案があった。これぞ産総研の伝統の底力か、と驚いた。

今年のノーベル物理学賞は大気中のCO2濃度が気候に与える影響を数値で解明した真鍋淑郎・米プリンストン大学上席研究員らに贈られる。日本生まれの研究者の受賞は喜ばしい。脱炭素の技術でも成果が続くことを期待したい。

電池の未来はどうか。私は10年から大阪府池田市に本部がある技術研究組合リチウムイオン電池材料評価研究センター(LIBTEC)の理事長も務めている。ここには電池や電池材料、自動車メーカーが参加し、電池の材料の性能評価に使う「標準電池」モデルや手順書・基準書が10種以上もできた。研究開発を効率化でき、ここから多くの新型電池が誕生しつつある。

環境革命の成果が現れ始める25年はちょうど大阪万博の年だ。1970年、故郷で開かれた大阪万博は、研究者の道を歩み始めたばかりの私に夢と希望を与えてくれた。それから半世紀以上がすぎ、次の万博はどのようなメッセージを発信するのか。新型コロナウイルス感染症の教訓も受け止めて、そこから環境の世紀を担っていく若者たちが育ってほしい。

=おわり