空床把握、国のシステム機能不全
 円滑な入院調整阻む

Nikkei Online, 2021年9月7日 2:00

新型コロナウイルス用の病床の状況を把握する国のシステムが機能不全に陥っている。前日のデータを入力する仕組みのため、喫緊の入院調整に使いにくい。現場はアナログの電話対応に追われる。表面的なデジタル化が限られた医療資源の有効活用を阻む。 海外や地方の一部では病床の情報をリアルタイムで共有する仕組みが効果をあげている。

国内では病床を確保したはずが、感染者の受け入れに使えていない場合がある。地域全体の病床の稼働状況を行政も医療関係者も正確につかめない問題が根底にある。

病床の空き状況を把握する仕組みとしては厚生労働省の「医療機関等情報支援システム」(G-MIS)がある。2020年春の第1波の際、神奈川県のシステムを参考に急きょ稼働させた。21年7月時点で国内のほぼすべてにあたる約8300の病院、約3万の診療所が登録している。

医療機関がコロナ対応の全空床数や集中治療室(ICU)の空床数のほか、受け入れ可能な患者数や回復後の患者数などを打ち込んでいる。内容は保健所や都道府県の担当者が確認できる。

問題は入院調整などの実務に活用しにくいことだ。東京都内の医療機関でこのシステムを日々扱う担当者は「そもそも前日のデータを報告する仕組みになっている」と指摘する。感染が拡大して刻々と変化する状況に追いつかず、リアルタイムで実際に空いている病床を探すのは難しい。

中部地方の県の職員は「実態を反映していないので、到底使えない」とこぼす。都内の保健所の職員は「病床の奪い合い状態では、一刻も早く空きを探すため病院に直接電話せざるを得ない」と話す。救急隊も同様で電話が頼みの綱だ。厚労省のシステムはほとんどあてにされていない。

国と自治体がそれぞれ課す業務の重複も現場の足かせになっている。東京の医療機関は都が運営する別のシステムでの空床報告や保健所への連絡も求められている。担当者は「一日の半分以上は入力作業に関する業務に追われている」という。

都のシステムも防災対応が主目的で、入院調整には活用されていないのが現実だ。「苦労して入力しても何のために使われているのか分からない」との声が漏れる。

チグハグな状況が続けば救える命も救えなくなりかねない。都内の確保病床は6日時点で6319床で入院数は4215人。数字上は空きがあるのに保健所や救急隊が入院先を決められない状態に陥っている。多くの患者を受け入れている病院の幹部は「確保病床数の上限まで受け入れていない病院がある」と指摘する。

これまでに厚労省は病床把握システムの改修などで数十億円の予算を計上した。さらに22年度予算の概算要求で機能拡充のため23億円を盛り込んだ。同省幹部は「医療現場は懸命にがんばっている。空き病床の入力は病院側の善意を信じるしかない」と、見直しに動く気配はない。

現場の善意頼みのシステムが既に壁にぶつかっているのは明白だ。いったん動き始めると軌道修正できない硬直的な行政の限界も露呈している。

(社会保障エディター 前村聡)

 

情報融通、医療の基盤に

海外は病床の状況を効率的に集約し、入院調整に生かす取り組みが広がる。リアルタイムで情報を融通できる体制が医療の基盤になっている。
アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは4月、新たなベッド管理システムを導入した。現地報道によると公立だけでなく民間の病院にも1日に最大4回、空き病床の数や人工呼吸器の使用状況などの報告を義務づけた。ベッド占有率が高い状態が続く場合、緊急性のない手術などは中断するか延期するよう指示する。


民間病院が中心の米国。8州で計39病院を抱える医療グループ、カイザー・パーマネンテは病床稼働率などをグループ内で共有している。必要な病床を判断し、感染者が急増した際にはコロナ対応病床を最大2倍まで拡充した。救命救急の対応能力も3~4倍に増やした。
公立病院が中心の英国はコロナ患者が占める人工呼吸器用の病床数などを収集している。国民医療制度(NHS)のホームページで日・週・月別で公表し、病床数の調整に役立てる。
スウェーデンもコロナ病床の情報は行政が集約する。感染者数に応じて病床の増減や自治体の枠を超えた患者搬送を調整している。

国内でも地方の一部では、行政のシステムが機能不全に陥るのを尻目に現場発の連携が広がる。福岡県の複数の病院は20年春、病床情報を共有する独自の仕組みをつくった。グーグルのクラウド上の表計算アプリで、病室単位で入院患者の情報を入力する。自動集計で全体の状況を関係者が一覧できるのが特長だ。

「どの病院がどのような患者をどれぐらい受け入れているか」という肝心の情報をほぼリアルタイムに地域で共有する。保健所や県が立ち上げた入院調整本部で実際に活用している。
参加数は約100病院まで増えた。国立病院機構九州医療センターの森田茂樹院長は「全体の状況が分かれば、それぞれの病院が『できることをしよう』と動き、役割分担しやすくなる。現状の情報共有が重要」と説明する。

同様のシステムは愛知県も7月下旬から県病院協会が中心となって導入している。

(ニューヨーク=野村優子、東京=三浦日向、吉田怜愛)

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