Source: Nikkei Online, 2025年2月28日 18:00
国の研究機関である分子科学研究所や日立製作所などは新型の量子コンピューターを2025年中に稼働する。国内初となる原子を使う方式で、世界でトップ水準の性能になる。スーパーコンピューターをしのぐ計算性能の実現に不可欠な大規模化に向く。米国のテック企業が先行してきた実機の開発で、日本勢が追い上げる。
「中性原子方式」と呼ばれる新型量子コンピューターを愛知県岡崎市にある分子研に設置する。開発には量子コンピューター向けの制御装置を手掛けるキュエル(東京都八王子市)、大阪大学なども協力する。共同研究契約を結んだ企業や研究機関への開放も検討する。
量子コンピューターは、微小な粒子の世界で起こる物理現象を計算に利用する。従来のコンピューターにできない大規模かつ複雑な計算を短時間でこなせるようになる。膨大なパターンの情報をひとまとめに計算できる特徴を生かせば、脱炭素に役立つ電池向けの素材や画期的な新薬の開発につながる。ほかにも金融、機械、自動車など幅広い産業への応用が期待されている。
計算素子の「量子ビット」の作り方によって、複数の方式が検討されている。米グーグルが超電導方式を使って、特定の計算について、スーパーコンピューターを上回る性能を実現した。ただ、役に立つ実用的な計算で既存のコンピューターを上回る性能を実現した方式は存在せず、開発競争が続いている。
中性原子方式は 1つの原子を量子ビットとして計算に使う。量子ビットの安定性が高い。大量の計算を担うための大規模化に向く。分子研の新型量子コンピューターは50個の量子ビットを使って稼働を始める。稼働は産業応用へ向けた大きな一歩となる。その後、500量子ビット程度まで規模を徐々に拡大する。
分子研の大森賢治教授は「遅くとも30年度には 1万量子ビット規模にし、社会問題の解決に役立つ実用的な量子コンピューターを作る」と話す。富士通や NECなど14社・機関が参画し、産学が連携して25年3月末までに新会社を立ち上げる。
開発が先行してきた超電導方式の性能向上も進む。理化学研究所は23年に稼働を始めた国産初の量子コンピューターの約2倍となる 144量子ビットの量子コンピューターを開発した。25年度中に共同研究契約を結んだ研究機関などがクラウド上で使えるようになる。
富士通は従来の4倍の 256量子ビットの実機を3月にも稼働する。26年には 1000量子ビットを超える量子コンピューターの稼働を目指している。
光を使った方式の量子コンピューターは日本が世界をリードする。理化学研究所の古沢明チームリーダーらは NTTなどと共同で24年11月、実際に計算に使えることを示した。東京大学発スタートアップの OptQC(東京・豊島)は26年4月に自社開発の光量子コンピューターで商用サービスを始めることを目指す。
新しい手法の提案も相次ぐ。産業技術総合研究所と米インテルは、シリコンを使って量子ビットを制御する「シリコン方式」の量子コンピューターを共同で開発する。
米マイクロソフトは19日、特殊な物理現象で量子状態を作り出す「トポロジカル量子コンピューター」の素子を開発したと発表した。いずれも実機の開発はこれからだ。
量子コンピューターなど「量子計算」分野の研究開発は米国が世界をリードし、日本勢も健闘している。オランダの学術情報大手エルゼビアのデータベースを使い、引用数が上位10%に入る量子計算分野の「注目論文」を集計すると、19〜23年のデータで日本は世界6位だ。中国やドイツ、英国に続いて、インドやカナダと競う。
研究機関別に集計すると、米エネルギー省や IBM、マサチューセッツ工科大学(MIT)など米国勢が上位に並ぶ。日本勢の最高順位は東京大学の28位、理化学研究所は29位だ。上位100機関の内訳をみると日本勢は12機関で、米国、中国に続く。慶応義塾大学や大阪大学、NTTなどもトップ100に入った。
量子コンピューターの将来性について、米ボストン・コンサルティング・グループは40年には世界全体で最大8500億ドル(約128兆円)の経済価値を生み出すと予測する。複数の方式でトップレベルの研究が存在することは日本の大きな強みになり、いまだ本命不在の開発競争の中で巻き返しの原動力となる。
(福井健人、越川智瑛)