科学者に近づくAI、自由な発想の獲得なるか

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Source: Nikkei Online, 2023年4月19日 5:00

ロボットとAIが再生医療用の細胞を培養する条件を導き出した(神戸市中央区の理化学研究所)
【この記事のポイント】
・AIを備えたロボットがiPS細胞から目の細胞を作成
・科学者は研究の速度を増すAIを使いこなす競争に
・手段や発想の自由を与えられると動けなくなる今のAI

神戸市にある理化学研究所の施設で人工知能(AI)を備えたロボット「まほろ」が2本の腕を器用に動かして、黙々と作業を続ける。扱っているのは人の細胞だ。すでに体のあらゆる細胞に変化できるiPS細胞から目の細胞を作ることに成功している。

最適な培養条件を見つけるには、優秀な研究者でも1〜2年かかるが、3分の1以下の120日でなし遂げた。まほろが作る目の細胞は今後、再生医療の臨床研究で患者に移植される予定だ。

理化学研究所の高橋恒一チームリーダーは「AIとロボットで人間の介在なしに科学的な発見ができることを示せた」と話す。まほろは疲れ知らずで24時間働き続けられる。細胞培養を優秀な技能者の「ゴッドハンド」に頼ると他者が再現できず科学の発展の障害になるが、AIは再現性も担保する。

最適な物を探す速さは人間の比ではない。香港に本社を置く創薬スタートアップのインシリコ・メディシンがAIで見つけた肺の難病の治療薬候補は、初期の臨床試験で優れた結果を出した。通常5〜8年かかる薬の候補物質の開発期間は約2年に短縮した。

東京大学の伏信進矢教授はAIの威力に衝撃を受けた。米アルファベット傘下の英ディープマインドが開発したAI「アルファフォールド2」が、伏信教授が6年かけて探求してきたたんぱく質の立体構造をあっさり示したからだ。アルファフォールドが導き出したたんぱく質の構造は人間や動植物などが持つ2億種以上にのぼる。「AIの進化の速さは驚くべきものがあり、恐ろしくもある」。伏信教授は打ち明ける。

それでも科学者は研究の速度を増すAIを使いこなす競争に入った。米カーネギーメロン大学はAIを使った自動実験室を扱う専門の修士課程を設けた。「自動化された科学の新たなリーダー」を育てる。

優秀な助手となったAI。自ら仮説を立てて実験し、データを分析して法則を探す科学者の営みを代替できるのか。世界の研究者が参加する「ノーベル・チューリング・チャレンジ」は2050年までにAIでノーベル賞級の研究成果を出す目標を掲げる。

ただ、21年のノーベル化学賞受賞者、独マックス・プランク石炭研究所のベンジャミン・リスト教授は「研究とは非常に創造的なものだ。今のAIは完全に自律的に動くとは思えない」と話す。

理研が研究者の創造的な研究までの工程を7段階に分けてAIの自律性を評価すると「現在のAIはまだ初期のレベル2〜3に過ぎない」(高橋氏)。過去のデータから答えを導き出すのは得意だが、手段や発想の自由を与えられると途端に動けなくなるのが今のAIだ。

「いつでも自分の心を自由にしておくように努めてきた」。19世紀に従来の常識を覆す進化論をとなえた英科学者チャールズ・ダーウィンは自説さえ捨て去る精神の自由を求めた。過去のデータに縛られるAIは飛躍し創造性を獲得できるのか。人間にはまだ一日の長がある。

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