つぎはぎ行政のツケ 制度の迷宮、コロナ苦境救えず

検証コロナ 危うい統治(3)

複雑すぎる雇用調整助成金。
コロナ禍に苦しむ企業を助けきれていない

4月上旬、都内のサービス関連の中小企業の社長は社会保険労務士に雇用調整助成金の申請代行を断られた。「こんなデータ、どこにあるんだ」。社長は休業協定や支給要件確認申立書など専門用語の並ぶ申請書類を前に途方に暮れた。

10人を超える従業員の勤怠データを集め、全員分印刷し、算定書を記入しなければならない。10種類以上の専門書類の添付もいる。「社労士じゃなければ作れない」。途中で断念した。

新型コロナウイルスの影響で多くの企業が休業を余儀なくされ、売り上げが急減した。雇用を守るにはまず現金がほしい。ところが、頼みの雇調金は申請の仕組みが複雑すぎて小さな会社では気軽に使えない。

なぜこうも複雑なのか。もともと雇調金は企業が従業員に支払う休業手当の一部を国が助成する制度だ。1970年代中盤、鉄鋼など重厚長大産業の正社員雇用を守るために導入された。国が恐れたのは不正受給。多くのデータを正確に記入するよう求め、申請の代行を社労士に委ねた。

68年に資格ができた社労士は全国に4万人いる。年金や労災など社会保険に関する書類の作成を厚生労働省からの独占業務として担う。社労士が複雑なデータ処理をこなし誤りも点検してくれれば、国も好都合。社会保障の重要性が増す中で、国は社労士の仕事を増やしもたれ合ってきた。その結果が、複雑な専門用語があふれる申請書類だ。

今回はその社労士が悲鳴をあげた。顧問企業などの求めには応じたが、中小・零細企業からの初めての相談には尻込みした。こうした会社は日銭で運転資金を賄い、労務管理がずさんなところがある。万一書類に不正があれば、自分が罰せられる。多くの社労士はそう感じた。

安易に構えたのは厚労省だ。リーマン危機後の雇用維持に生かした経験から「今回も雇調金で大丈夫との安心感があった」(同省幹部)。4月以降、批判が続出し、支給上限の倍増、書類記載事項の削減と、制度変更を強いられる。ようやく5月に始めたオンライン申請も個人情報を流出させた。不始末が続く。

労働、税、法務。多くの分野に専門家を挟み、プロでなければ使えないシステムをがんじがらめで作る日本。それがデジタル化を遅らせ、改革を阻む。これでは企業を迅速に救えない。

米国は従業員らの給与支払いを政府が肩代わりする仕組みを導入。4月初旬に受け付けを始め、たった4日で380億ドル(約4兆円)分が利用された。英国も休業者に賃金の80%を支給する新制度を整え、6月7日までに890万人に196億ポンド(2兆7千億円)を配った。日本の雇調金は6月5日時点で約325億円しか使われていない。

欧米はまずお金を配り、事後に不正をただす。スピード重視の発想だ。もたつくうちに日本の労働市場は急速に悪化した。4月の非正規労働者数は前月より131万人減り、失業予備軍ともいえる休業者は過去最大の597万人に達した。ガラパゴス行政のせいで雇用が消失しかかっている。