人・自然重視の資本主義に ダノン会長兼CEO

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Nikkei Online, 2020/8/8 23:00

フランスは2019年に新法を制定し、利益以外の目標を達成する責任を負う「使命を果たす会社」を新たな会社形態に取り入れた。上場企業で第1号となったのが仏食品大手ダノンだ。エマニュエル・ファベール会長兼最高経営責任者(CEO)に、目指す会社像やウィズコロナの時代の経営について聞いた。

1964年生まれ。コンサルティング会社や投資銀行を経て97年にダノン入社。最高財務責任者(CFO)などを歴任し、14年に最高経営責任者(CEO)就任。17年から現職。消費財産業の国際組織の共同議長も務める。
 ――6月の株主総会で定款変更が認められ、「使命を果たす会社」になりました。どういった点が変わるのでしょうか。

「定款にESG(環境・社会・企業統治)に関連する新たな4つの目標を盛り込んだ。

(1)製品を介した健康の改善

(2)地球資源の保護

(3)将来を社員と形成すること

(4)包摂的な成長――だ。

取締役のメンバーはこれらの目標に対して責任を負う」

「外部の有識者や従業員の代表からなる10人の独立した『ミッション委員会』が取締役会を監督し、目標を達成できていなければ改善を迫る。株主とそれ以外のステークホルダー(利害関係者)に対する価値創造のバランスをどう取るか指針を示す役割を担う」

「新型コロナウイルスの世界的な流行は、ステークホルダー資本主義を加速させている。企業は従来のビジネス慣行の枠を超え、健康や市民について考えるようになった。『使命を果たす会社』になったことで、ステークホルダー資本主義の時代に繁栄できるようになると考えている」

――株主の反応はどういったものでしたか。

「株主総会では株主の99%が賛成した。資産運用会社は、自らもESGに貢献していると示す必要がある。ダノンに投資することで運用会社もESGを果たせるようになるという意見がある」

「2月に初めて、二酸化炭素(CO2)の排出を追加のコストとみた場合の利益を公表した。規制などの動向から1トン当たり35ユーロ(約4000円)として計算したところ、利益は半分になった。投資家との間で炭素コストを踏まえたら配当はどうすべきか、など新たな議論も広がった。すべての株主に受け入れられるものではない。今後は、より長期視点の株主の割合が増えるとみている」

――長年、環境や社会面に配慮した経営をしています。なぜですか。

「ビジネスは現金で始まり、現金で終わるとみる今の経済モデルは間違えている。近代経済は金融資本で語る癖があるが、人的資本や自然資本も経済活動に活用している。それらを資本と捉え、お返ししないといけないという概念が乏しい」

「実際、現金がなく事業が赤字でも、卓越したアイデアがあれば会社は資金を集められる。企業が破綻するのも資金が尽きるからではない。リーダーがエコシステム(生態系)への自信をなくすからだ。ビジネスは人で始まり、人で終わる」

――企業統治の仕組みを変えています。

「18年4月から『一人、一声、一株』の経営を始めた。世界の社員10万人に一株ずつ配って株主になってもらい、社員代表の26人が取締役に意見する機会をもうけている。取締役にも従業員代表を入れている。新しい世代が職場で起業家精神を持って働きたいと考えているのも大きい」

――目指す会社像を一言で表すと何でしょう。

「サーブ・ライフ(生命に尽くす)だ。社会があり、経済活動をした結果、お金が回るという考え方ではない。まず自然があり、経済を回すときには中心にお金ではなく人間がいる。製品を作るには植物や土、水などの自然が必要だ。ここに製品を買ってくれる消費者のほか、製品を作る人、運ぶ人、販売する人がいる。すべての生命を支え、尽くす会社になる」

■大量生産は限界、循環型へ

 ――本業と環境はどう結びついていますか。

「ビジネスは自然と切り離せず、自然の一部だと考えている。特に食品や水を扱うダノンのビジネスはすべてが自然に由来する」

「例えば、日本で販売するヨーグルト『ビオ』75グラムの中には、長時間の発酵で約100億個の菌が生まれるという自然の営みがある。『ボルヴィック』や『エビアン』など天然水は、販売するボトルに注入されるまで15年、自然の中で浄化される。水流域が汚染されれば15年後の水が変わってしまう。生態系の保護は長期的にダノンの事業にとって重要だ」

――環境や生態系をどう守りますか。

「食品業界では大量生産で最もコストを安くする手法を50年、100年と続けてきた。もう限界に達している。大量生産のための食品サプライチェーン(供給網)ではなく、循環型の『食品サイクル』に変えることが重要だ」

「川上から川下まで製品が流れ、最後に消費された後もそのパッケージなどを再利用して次につなげる。配送業者やパッケージ企業、農家、家畜の飼料会社などを巻き込んで、再生可能なプラスチックを使うなど循環型に変えようとしている」

――ベンチャー企業への投資の狙いはどこにありますか。

「ダノンでは4年前にベンチャーファンドを立ち上げ、1億5000万ユーロを確保した。自然に根付いたイノベーションへの投資が必要だ。これまでの投資は自然界と切り離されてきた。自然界で何がどう機能しているかまだ未解明のものも多い」

「CO2を土壌に回収する再生農業や新しいたんぱく質の発見、植物由来の製品、消費者への配送などですでに15社投資した。3~5年後にはこれまでなかった分野で売り上げが創出されると期待している」

――ほかの世界大手企業や経済協力開発機構(OECD)とイニシアチブを立ち上げるなど、連携に積極的です。

「自然保護のほか、富の分配の不均衡など地球規模で見ると近代的な経済モデルの様々な失敗がある。民間企業単独の試みでは頓挫する。政府や非政府組織(NGO)など市民社会、企業が手を携えることが重要だ」

■貿易の障壁、現地化で回避

――新型コロナでヒトやモノの移動が制限されるリスクが浮き彫りになりました。

「過去6カ月で最も注力したのは、コロナで都市封鎖の指示が出ていても、国境を越えて必要な食品が届くようにする仕組みづくりだ。欧州連合(EU)の関係者や業界関係者と協力した」

「当社の事業では、調達と生産の両面で調整している。すでに、事業を展開する120カ国以上のうち売上高の99%を占める70の国ではすべて地元で調達し、消費する体制にしてきた。生産だけをとっても90%がその地域で生産され消費されるようローカル化してきた。さらに進める」

――米中貿易戦争などグローバル化が逆回転しています。今後はどのようにサプライチェーン(供給網)を築きますか。

「貿易や政治的な障壁が高まるなか、食品のサプライチェーンが寸断されるのを回避する必要がある。本社で判断を下すのではなく、地元でビジネスの判断をできる仕組みもつくっている」

「在庫も、なるべく在庫を持たない『ジャスト・イン・タイム』ではなく、万が一のために在庫を持つ『ジャスト・イン・ケース』に切り替える必要がある。サプライヤーを1社にしぼって頼るのではなく、不測の事態に備えて複数社にする。また、Aという地域で問題が起きたら、Bという地域でそれらが調達できるようにする。効率性だけでなくレジリエンス(耐性)も確保する」

「ローカル化は今後も続けていく。消費者や一般市民は食べるものは自ら選ぶ食品の『主権』を持ちたいと考えている。地元にサプライヤーがいなければ、独自で築く。例えば、ロシアでは、当社がイチゴの生産者をロシアに招き、現地で調達できるようにした」

――どんな課題がありますか。

「ローカル化を進めれば、季節ごとに違う果物しか食べられなくなる可能性がある。季節で餌となる草の性質が変わるため、牛乳の味も常に一緒ではなくなるだろう。進歩的な消費者はこれでもよしとなるが、同じ味を楽しみたい消費者が受け入れるには大きなマインドの変革になる。多様化する消費者のニーズにどう応えるかが課題だ」

<聞き手から>株主と社会、均衡点は

フランスが法律で定めた「使命を果たす会社(Entreprise a Mission)」は、営利法人である企業が、利益だけでなく社会や環境の改善を目的とすることを明記できるようにしたものだ。社会での存在意義を重視する企業の機運の高まりを背景に、仏政府が新法を定めた経緯がある。

似たような法律は、実は「株主至上主義」が最も色濃い米国の各州にあり、「ベネフィット・コーポレーション」と呼ばれる。営利目的だけではなく倫理的な活動が可能だ。7月に上場した米オンライン住宅保険のレモネードは、余った保険の掛け金を顧客が指定する慈善団体に寄付する。上場の目論見書には「利益が最大化しない行動をとる可能性がある」と記した。

ダノンは初代の最高経営責任者(CEO)、アントワーヌ・リブー氏が提唱した「デュアル・プロジェクト」を企業哲学としてきた。社会発展への貢献と事業の成功の両立を示す。ファベール氏はCEOに就任した2014年以降、両立を目指す取り組みを加速しており、「使命を果たす会社」の制度ができれば、利用するのは自然の流れだった。

株主と、それ以外の利害関係者のバランスをどう取るか。この問題は今に始まったものではない。かつて米フォード・モーターは、誰もが車を持てる社会を目指して大量生産と値下げのために配当を減らそうとした。日本の資本主義の父、渋沢栄一氏は「全国の公益に心を用いんことを要とす」と説いた。

今また利益偏重の経営の揺り戻しが大きな流れとなり、投資家もESG(環境・社会・企業統治)投資に傾いている。ただ、社会貢献のために短期の利益の目減りをどこまで許容するかは個々の投資家で異なる。ダノンが均衡点を示せるかに注目が集まっている。

(ESGエディター 松本裕子)