時速1000㌔「未来列車」実用化へ前進

初の有人実験

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Nikkei Online, 2020年12月12日 5:06更新


パイプの中をほぼ真空状態にして空気抵抗をなくして、
磁力で前進する仕組み(11月8日、米ラスベガス)=同社提供

時速1000㌔の高速輸送システム「ハイパーループ」の開発が進んでいる。英ヴァージングループはこのほど、人を乗せての走行試験に初めて成功した。オランダのスタートアップは2028年の実用化を目指し、近距離航空便の代替として注目されている。飛行機を上回るスピードで、しかもエコ。未来の移動手段が実現に近づいている。

米ラスベガスにあるヴァージン・ハイパーループの試験場で11月8日、初の有人走行試験が行われた。長さ500㍍の白い筒状の輸送管の中を、カプセル型の乗り物が時速約170㌔で走った。一両ながら映画などに登場しそうな未来の〝列車〟だ。搭乗した最高技術責任者のジョシュ・ギーゲル氏は「究極の夢に向けた大きな飛躍だ」と述べた。


ヴァージン・ハイパーループは初めての有人走行試験に
成功した(11月8日、米ラスベガス)=同社提供

将来は28人乗りにし、時速1000㌔で走る。米国の主要都市をつなぎ、30年までに営業を始める計画だ。ヴァージン・グループ創業者のリチャード・ブランソン氏は「我々の革新的な技術が現実になった。あと数年のうちに、人々の移動、仕事、生活が変わる」と述べた。

ハイパーループは米テスラ創業者のイーロン・マスク氏が13年に構想を明らかにし、欧米企業などが開発を競う。ほぼ真空にすることで輸送管内の空気抵抗をできるだけ少なくし、磁石で前進する仕組みだ。ヴァージンはインドでも商用化を目指している。

開発企業のひとつであるオランダのスタートアップ「ハルト」は、欧州の主要都市をつなぐ構想で、28年の実用化を目指している。現在は鉄道で片道3時間半かかるアムステルダム―パリ間を、90分で走らせる。欧州の都市間移動は飛行機でおおむね1~2時間。ハイパーループが実現すれば陸路でも同様の時間で移動できるようになる。


ハイパーループのエネルギー消費量は少ない_ncb

アムステルダムのスキポール空港は、ハイパーループが近距離便を代替する将来を想定し、ハルトと提携している。6月に発表した調査では、50年までに1250万人が、航空機の代わりにハイパーループを利用する可能性があるとした。

欧米企業がハイパーループの実用化を急ぐ背景には、環境意識の急速な高まりがある。ハイパーループは飛行機を超える速度はもとより、二酸化炭素(CO2)の排出が少ないエコな移動手段として認識されている。

スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんが19年、米ニューヨークでの国連総会に出席する際に飛行機を避けてヨットで大西洋を渡るパフォーマンスをしたのが象徴的だった。大量のCO2を出す飛行機に乗ることは恥ずべきことと捉える向きがあり、「飛び恥」とすら呼ばれる。

格安航空会社(LCC)の普及を背景に、欧州の航空旅客数はここ数年増加を続けてきた。国際航空運送協会(IATA)は新型コロナウイルス感染拡大の前の水準に回復するのは24年と予想するが、若者を中心とする環境意識の高まりは長期的な飛行機離れにつながりかねない。

航空会社もこうした世論を意識しており、寄付でCO2排出を相殺する「カーボンオフセット」と呼ぶ手法を用いるなど、顧客のつなぎ留めに躍起だ。


米ロスからSFまで(615㌔㍍)の移動時間_ncb

ハルトによると、ハイパーループのエネルギー消費量は乗客1人、1㌔㍍あたり40㍗。飛行機の13分の1にとどまる。英政府は30年までにガソリン車とディーゼル車の新車販売を禁止して電気自動車(EV)化を促すなど、各国は50年までにCO2の排出をゼロにするための政策を相次いで打ち出しており、ハイパーループにさらに注目が集まる可能性がある。

素材メーカーも、実用化をにらんで動き始めている。インドの鉄鋼大手タタ・スチールの欧州子会社と韓国の同業ポスコは11月8日、輸送管の鋼材の開発などで協業すると発表した。真空状態に耐えられる強度の輸送管のデザイン研究などでタッグを組む。

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時速1000㌔で走る車体の事故時の安全性など、クリアすべき課題は多い。輸送管を張り巡らせる建設や運営のコストも莫大だ。だが次世代モビリティーの変革の波は陸上輸送にとどまらず様々な分野で加速している。二大航空機メーカーの欧州エアバスと米ボーイングは、空飛ぶタクシーの実用化に向けて実証実験を進める。

翻って日本。JR東海の時速500㌔のリニア中央新幹線は27年の開業を目指していたが、静岡県に工事再開を認められずに暗雲が漂う。英国に至っては、最高時速360㌔でロンドンと北部スコットランドなどを結ぶ高速鉄道「HS2」のインフラ建設が欧州連合(EU)離脱の混乱もあって遅れている。

スマホがたった10年で世界中に普及して暮らしを変えたように、技術革新のスピードは一昔前の比ではない。ミレニアル世代の環境意識の高まりも後押しし、ハイパーループが人々の交通手段として定着する未来は意外に早く訪れるのかもしれない。

(ロンドン=佐竹実)