「夢の燃料」水素、炭素超える発熱効率

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Nikkei Online, 2021年3月30日 11:00



水素は「夢の燃料」と期待される
(福島県浪江町にある「福島水素エネルギー研究フィールド」)

燃やしても二酸化炭素(CO2)が出ず「夢の燃料」と期待される水素。燃焼した時のエネルギーが大きく、宇宙ロケットの燃料に使われるほか、発電所などでも活用の研究が進む。これまでの主役だった炭素と比較しながら、水素のイロハを学ぶ。

水素(H)は全宇宙の元素の9割以上を占め、最もありふれた物質だ。地球上にも多く存在するが、水素そのままではなく、酸素(O)と結びついた水(H2O)の状態であることがほとんど。水素に火を近づけて燃やすと大きなエネルギーと水が生まれる。

自然界では炭素(C)と結びついた炭化水素としても存在している。燃料として広く使われるメタン(CH4)も炭化水素の一種だ。炭化水素は天然ガスや石油、石炭などに多く含まれている。メタンを燃やすときは、メタンのなかの炭素と水素が同時に燃えている。

水素を語るには、まず燃料としてのライバルである炭素のことを語らなければならない。人類の歴史上、最も身近な燃料は炭素だった。炭素を含む化合物のことを有機物というが、生物の体をつくるたんぱく質や炭水化物、脂肪は全て有機物。つまり炭素を含む。

動物や植物といった生物の遺骸が地中に閉じ込められ、そこに含まれる炭素は長い時間をかけて濃縮されていく。その結果生まれるのが天然ガスや石油、石炭というのが一般的な学説だ。生物の体が地層内でおし固められたものを化石というが、化石が変化し石油などになる。だから「化石燃料」と総称される。

化石燃料は木材よりエネルギー効率が良く、18世紀から始まる産業革命を支えた。炭素は燃えるとCO2になる。大気中のCO2は地球表面から発せられる熱を吸収し、地球を温めてしまう。地球温暖化だ。環境を激変させ、生物の生存を脅かす可能性もある。

CO2の排出を抑える手法は主に2つ。1つは発生するCO2を大気中に逃がさないよう回収し、地中に埋めたり、炭酸ガスなどとして再利用したりする。もう1つはそもそもCO2が出ない燃料に変える。そこで水素にスポットライトが当たった。

水素は燃えても水しか排出しない。1キログラムあたりの発熱量は炭素が約8000キロカロリーなのに対し、水素は約3万キロカロリーと発熱効率もいい。水素が夢の燃料と呼ばれるゆえんだ。

 
もっとも、燃料用としては主に宇宙ロケットにしか使われてこなかった。2002年にトヨタ自動車ホンダが水素を燃料とする燃料電池自動車(FCV)のリース販売を始めたが、そこから20年を経てもFCVは広く普及しているとは言い難い。

これにはいくつか理由がある。まず水素は常温ではかなり体積の大きいガスということだ。天然ガスの体積が標準状態で1キログラムあたり約1立方メートルなのに対し、水素は11立方メートルを超える。ガスのままだと、エネルギー効率はあまりよくない。

これに対する解決法が液体化だ。水素はマイナス253度に冷やせば液体になり、体積は800分の1に圧縮される。ただ極低温を維持し続けなければ一気に膨張し、事故につながる可能性がある。つまり水素は取り扱いが難しい。

もう1つの課題は、現在主流の水素生成方法ではCO2が出てしまう点だ。具体的には天然ガスなどの化石燃料が含む炭化水素に、水蒸気をぶつけてCO2と水素に分離する。水素は肥料として使われるアンモニアの原料になるため、世界中で地産地消されている。アンモニアの化学式はNH3で、水素に窒素(N)を反応させてつくる。つまりアンモニアをつくれる企業は水素もつくれるということだが、一方でアンモニア産業から出る副産物のCO2の量は多い。

解決の糸口も見えてきている。トヨタのFCV「ミライ」は燃料タンクにガスの水素が入っているが、充塡する場所である一部の水素ステーションでは液体の状態で備蓄できるようになっている。これは水素を極低温に保つ技術が一般化してきたことを意味する。独ダイムラーは20年9月、燃料タンクそのものに液体水素を積むコンセプトトラックを発表した。



一部の水素ステーションでは、
水素は液体の状態で備蓄されている

水素生成の過程で排出するCO2を回収して地中に埋めたり、再利用したりする技術(CCUS)も研究が進む。化石燃料を原料とするが、CO2を回収してつくられた水素を「ブルー水素」と呼ぶ。国際エネルギー機関(IEA)によると、天然ガスから水素を生産する場合のコストは欧州で1キログラムあたり1.73ドル。CCUSを併用した場合は同2.32ドルだ。このコストをいかに抑えるかが今後の課題となる。


欧州、「グリーン水素」が本丸に

水に電気を流して水素と酸素をつくる理科の実験を覚えているだろうか。その規模を大型化して水素をつくる手法も、欧州を中心に広がっている。風力や太陽光など再生可能エネルギー由来の電気を使ってつくられた水素は、生成過程も含めCO2を出さないため「グリーン水素」と呼ばれる。
水素関連技術の開発をけん引する欧州では、このグリーン水素が水素社会の本丸になると考え、欧州連合(EU)域内で30年までにグリーン水素だけで年1000万トンの生産能力を導入する方針を打ち出している。再生エネのコストが高い日本では、当面ブルー水素の研究が先行しそうだ。

世界の水素需要は18年時点で約7000万トンと40年前の3倍以上に増えた。水素関連技術の開発競争は既に号砲が鳴っている。日本政府が掲げるカーボンゼロを達成するためにも、水素エネルギーの導入は必要な要素となる。
(安藤健太)