Nikkei Online, 2021年5月24日 17:00
トヨタ自動車は22~23日に静岡県で開催された24時間耐久レースに、水素を燃焼させて動く「水素エンジン」を搭載した車両で参戦し完走した。水素のみを燃料にしたレース参戦は世界初で、二酸化炭素(CO2)をほぼ排出しないエンジンの爆音が会場に鳴り響いた。
静岡県小山町の富士スピードウェイで開催された自動車レース「スーパー耐久」シリーズ。24時間の耐久レースにトヨタは水素エンジンを搭載した「カローラスポーツ」で参戦した。
水素エンジンはガソリンエンジンと基本的な構造は同じで、一部の部品を変更し水素を燃やして動力を得る。CO2はほぼ発生しない。トヨタが発売している燃料電池車(FCV)の「ミライ」は水素から電気を発生させ、その電気を使ったモーターで動くため水素エンジンとは異なる。
水素エンジンには「GRヤリス」で使われたガソリンエンジンを転用し、車体の後部座席には燃料を充填する炭素繊維製のタンクが4本、天井いっぱいにまで積まれていた。22日15時にレースが始まると、水素エンジン車の爆音は他のガソリンエンジンの参戦車と遜色がないようだった。
違いは約20分後に現れた。燃料の水素を充填するため、設備を搭載したトラックの「臨時水素ステーション」にカローラを横付けする。充填作業時間は1回6~7分程度。24時間の走行中に計35回の充填作業をした。完走した他のガソリン車の場合、多くは20回前後のピットインだった。
水素充填の時間が長く、全体を通じた走行距離や平均速度はガソリンエンジン車の半分程度だったが、24時間完走した。
「電動化が電気自動車(EV)中心になるなかで、全てがEVになったら日本で100万人の雇用が失われる。あくまでゴールはカーボンニュートラル。モータースポーツの場で選択肢の1つを実証したい」。レースに自身も参加したトヨタの豊田章男社長は22日の記者会見で水素エンジン車でのレース参入の理由をこう語った。今後はレースを通じて実用化への課題を抽出する考えだ。
水素エンジン車の課題は多い。独BMWやマツダも研究開発していたが、普及には結びつかなかった。水素は燃焼スピードが速いため制御が難しく、航続距離の短さが課題になる。水素を充填するタンクも大きいため、スペースの確保も必要だ。自動車各社は、水素活用では効率性が高いFCVの開発が中心になっている。
利点は従来のエンジン技術を生かすことができ、運転時に振動や音を感じられることだ。また「低回転でのトルク(駆動力)を生み出しやすく、トラックなどには向く」(トヨタ幹部)という。
普及へのカギは仲間作りだ。今回の水素エンジンでは噴射弁をデンソーと開発。移動式の臨時水素ステーションは豊田通商、岩谷産業、大陽日酸の共同出資会社が提供した。水素はCO2を排出しない手法での調達も課題になるが、福島県浪江町の太陽光発電所の電気で製造したものを使用した。水素エンジン技術を磨くとともに、部品や燃料調達といったエコシステムも広げる必要がある。
ホンダは4月、2040年までに新車の販売をEVとFCVにし、ガソリンエンジンで動く車の販売をやめる方針を示した。同様の方針は米ゼネラル・モーターズやスウェーデンのボルボ・カーも表明し、エンジン車には世界的に逆風が吹く。 トヨタが水素エンジンを脱炭素に向けた実用的な選択肢として示すことができるのか注目される。