中東、輸出視野にグリーン水素
 脱炭素に備え、資源温存

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Nikkei Online, 2021年8月1日 20:58更新


サウジ首都リヤド北部のウヤイナにある
太陽光発電施設=ロイター

【ドバイ=岐部秀光】中東の産油国が再生可能エネルギーの電気で水を分解してつくる「グリーン水素」の投資を本格化する。オマーンが世界最大の製造拠点を整備するほか、サウジアラビアも欧米企業を誘致する。脱炭素時代の「輸出産業」に育てるほか、豊富な化石燃料資源を温存して残存者利益を総取りする思惑もありそうだ。

オマーンの国営石油会社OQは、香港を拠点とする水素開発会社インターコンチネンタル・エナジー、クウェートのエネルギー会社、エネルテックと協力し、国内に世界最大級のグリーン水素の生産施設を建設する。

水を分解する電気をつくる風力と太陽光の発電設備の合計出力は大型原発25基分にあたる2500万キロワット。2028年に着工し、38年に完成する予定だ。完成時には年180万トンのグリーン水素を生産する計画。アジアや欧州向けの輸出を計画している。オマーンはベルギーのエネルギー会社DEMEともグリーン水素事業で連携することで合意している。

サウジアラビアは北西部に建設中の未来都市NEOMでグリーン水素の生産を計画する。米産業ガス大手のエアープロダクツ・アンド・ケミカルズが協力するほか、ドイツなど欧州勢もサウジを水素戦略の重要拠点と位置づけ関係を強化する。


サウジアラビア国営石油会社
サウジアラムコの施設内にある
水素自動車の充塡ステーション=ロイター

いま世界で流通する水素の99%は天然ガスや石油製品を改質してつくる「グレー水素」だが、製造過程で二酸化炭素(CO2)を排出する。温暖化ガス排出を削減できるとして注目されるのは、化石燃料からつくるが発生するCO2を回収する「ブルー水素」と製造過程でCO2を排出しない「グリーン水素」だ。

中東は石油や天然ガスを産出するのでブルー水素にも取り組んでいる。

サウジ国営石油会社サウジアラムコは、日本エネルギー経済研究所、三菱商事などと、天然ガスから分離回収した水素をアンモニアに加工し、日本へと運ぶ実証実験に着手した。

アブダビ国営石油会社(ADNOC)も7月、日本のJERA、INPEX(旧国際石油開発帝石)、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)とブルー水素からつくるアンモニアの供給網づくりの共同調査で契約を交わした。

ただ、本音では中東産油国はブルー水素よりグリーン水素を重視しているとみられる。サウジのある有力経済閣僚に、サウジはブルー水素とグリーン水素のどちらを有望視しているか尋ねたところ「サウジの国(旗)の色は緑だ」と答えた。

グリーン水素は中東と地理的に近い欧州向けに巨大な需要が見込める。ブルー水素は炭素に値段をつける「カーボンプライシング」が本格化すれば、コスト競争力を失う恐れもある。

中東の産油国は一般に原油の生産コストが低い。サウジはライバルの生産者が市場から振り落とされても最後のプレーヤーとして残り、残存利益を総取りする戦略とみられる。グリーン水素ならば、石油やガスを温存しつつ、化石燃料に代わる「輸出商品」の柱として育てることができる。

課題はブルー水素の2~4倍とされる製造コストの高さ。ただ、水を分解する装置の大型化とコスト低減が進んでおり、30年ごろにはブルーとグリーンの製造コストが並ぶとの見方もある。

湾岸産油国は再生エネも豊富だ。国土の大半を占める広大な砂漠に太陽が照りつけ、海岸線も長く、風力や太陽光発電の立地場所として理想的。サウジは30年までに国内エネルギーの半分を再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げる。

高い潜在力がありながら、湾岸産油国の再生エネの発電量は世界全体の1%にとどまる。逆にいえばグリーン水素の製造に回す再生エネの余力も極めて大きい。

エネルギー調査会社ライスタッドエナジーによると、カタールのグリーン水素の生産コストは1キログラムあたり5.8ドル(約640円)。デンマークの3分の2の安さで、世界でも価格競争力がある。

製鉄や石油精製、飛行機など再生エネによる電化が難しい分野に水素を活用することで温暖化ガス排出を減らせる。いま水素のほとんどは工業原料として使われ、エネルギー源としての利用はほぼない。英石油大手BPによれば、50年に温暖化ガス排出を実質ゼロにするには、最終エネルギー消費の16%を水素でまかなう必要がある。