燃料電池車「ミライ」の走り向上
 豊田織機の開発チーム

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Nikkei Online, 2021年10月16日 2:00


開発を担当したメンバー。後列左から光田さん、
渡辺さん、前列左から竹内さん、伊藤さん、高瀬さん

トヨタ自動車は水素を使った燃料電池車(FCV)「ミライ」で2代目の新型車を出した。初代に比べてデザインを高級セダン風に刷新し、水素の1回充塡当たり走行距離を約850キロメートルと3割近く伸ばすなど走行性能を高めた。走行性能の向上を支えたのが、豊田自動織機の新型エアコンプレッサーだ。開発チームは複雑な構造の作り込みに約10年かけて技術とアイデアを注ぎ込んだ。

 

ほぼ10年がかりの開発

FCVは水素と酸素を化学反応させる「FCスタック」で発電し、駆動モーターによって車を走らせる。このFCスタックに、大気から吸入した酸素を圧縮して送り込む基幹部品がエアコンプレッサーだ。約80種類、約280にも及ぶ部品で構成する。

「2020年12月発売の1~2カ月前まで開発を続けていた」。こう話すのはコンプレッサ事業部・FCプロジェクトの光田聡ワーキングリーダーだ。豊田織機は14年発売の初代ミライのエアコンプレッサーも開発した。ただ、新型では大幅な小型化と軽量化、燃費向上、そして低コストが求められた。開発は10年に着手し、ほぼ10年間を経て日の目を見ることになった。

 

部品ごとに性能追求

燃費向上のカギをにぎる「増速機」開発を手掛けたのが伊藤正悟さんだ。大気から取り入れた酸素の圧縮度が高いほど、FCスタックの発電効率も上がる。エアコンプレッサー内部のモーターが、酸素を圧縮するインペラー(羽根車)に伝える回転力を引き上げるのが増速機の役割だ。高速モーターを使う手もあるが、コストが上がる。FCVの普及へコストも抑えられる増速機の採用が決まった。

必要な酸素圧縮度には、増速機を構成するローラーやシャフトの大きさ、位置関係の調整がミクロン単位で求められた。増速効率を高めると同時に、耐久性や騒音の大きさなど様々な要求にも応える必要があった。伊藤さんは部品の位置や大きさ、形状を微調整しては増速効率や騒音の検証を繰り返した。「実質8年の開発期間で約800通りを解析し、試作した増速機の仕様は30パターンに上る」

 


新型ミライ向けに開発した
新型エアコンプレッサー

微調整を繰り返したエアコンプレッサーの耐久性を確かめる試験は高瀬陽平さんが担当した。新型ミライは15年間で約20万キロメートルの走行を想定している。砂漠や雪国、高山地など様々な状況にいる運転手が安全に乗り続けられることが求められる。高瀬さんは増速機などの部品で調整が行われるたび、実装した状態であらゆる耐久試験を続けた。

マイナス30度の早朝に一気に加速する、市街地で停止を繰り返しながら運転するなど様々な状況を想定する。時にはエアコンプレッサーが2カ月連続で運転し続けなければならない耐久試験も行った。性能が下がったり、部品が破損したりすれば、原因をチーム全体で突き止めて改善方法を探し出す。安全性を最重視するトヨタが厳しい条件を示すなか、「なんとか条件をクリアする製品の開発に成功した」(高瀬さん)。

 

静粛性や外形も微調整繰り返す

新型ミライは走行中の静粛性向上も開発テーマだった。エンジンを搭載しないFCVは、走行中の音が小さい。それだけに従来車では問題にならなかったレベルの音が気になる場合も出てくる。

様々な走行状況における稼働音や振動を専門の試験装置に実機を入れて計測する。担当した渡辺大祐さんは、基準値を超える音や騒音が出れば、「データや実際の音から原因を一つずつ洗い出していった」。原因と考える部品の位置を、耐久性や増速機の機能に影響を与えない範囲で再調整する作業を繰り返した。

増速機やシャフトなど280を超える部品で構成されるエアコンプレッサーの外形を決める「ハウジング」を担当したのは竹内花帆さんだ。

耐久性や静粛性を確保しながら、製造ラインで生産しやすくなるように生産技術部の声も取り入れた。さらにエアコンプレッサーの部品調達先にも出向いて、製造しやすい部品の形状などについても意見を集めて回った。

ハウジングを変えれば、エアコンプレッサーから出る音が変わる難しさもあり、形状変更は10回以上に及んだ。竹内さんは「最終的にたどり着いたハウジングは、開発当初の姿からは大きく変わっている」と話す。

チームリーダーの光田さんは「レベルの高い要求に悩む時期もあったが、メンバーの結束で乗り越えられた」と振り返る。結果として新型エアコンプレッサーは従来型と比べてサイズは45%減、重量は35%減にしながら酸素の圧縮性能を24%高めた。豊田織機の技術の結晶となったエアコンプレッサーは、新型ミライを通じて水素社会の実現という大きな目標をけん引する役割も担う。

(藤岡昂)