脱炭素で注目、緑のアンモニア 日欧が合成技術で先行

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    Nikkei Online, 2021年11月25日 2:00

化学肥料や合成繊維の原料として使われるアンモニアが脱炭素の切り札として注目を集めている。水素を運ぶ液体としてだけでなく、燃やしても二酸化炭素(CO2)が出ないことから、石炭に代わるクリーン燃料としても期待される。今の製造法は化石燃料とエネルギーを大量に消費するため、よりクリーンで効率的な合成技術の確立がカギを握る。特許庁がまとめた報告書を参考に、世界の技術開発動向などを探った。

再生可能エネルギーで作りCO2をまったく出さない「グリーンアンモニア」。肥料大手の米CFインダストリーズは2023年に年間2万トンの商業生産を始める。約1億ドル(約110億円)を投じ、ルイジアナ州にあるアンモニア製造施設に、水を電気分解して水素を作る設備を建設する。2万キロワットの再エネを使う水素製造設備はドイツの鉄鋼・機械大手のティッセンクルップが納入する。

CFインダストリーズは北米や英国に所有する9つのアンモニア製造拠点で脱炭素化を進める計画だ。トニー・ウィル社長兼最高経営責任者(CEO)は「アンモニアは水素の貯蔵と輸送を可能にする重要な要素」と期待する。

グリーンアンモニアへの移行は世界の流れで、日本でも同様の計画が進む。旭化成日揮ホールディングス(HD)は福島県浪江町に実証設備を建設し、24年度から1日に数トンを生産する計画だ。旭化成が稼働させた1万キロワットの電力を使う水素製造設備に加え、アンモニア合成プラントを設ける。国の助成を受けながら、27年度には水素製造装置を4万キロワットに引き上げ、量産によるコストの大幅な低減を目指す。

水素より扱いやすく

アンモニアは同じく燃焼時にCO2を出さない水素よりも扱いやすい。アンモニアはセ氏20度なら約8.5気圧で液体になる。零下253度以下にする必要がある水素に比べ、現在の貯蔵タンクが使え、運搬もしやすい。有害な窒素酸化物を出さない燃焼法が見つかり、石炭火力発電所向けの燃料としても注目を集める。

アイルランドの調査会社リサーチ・アンド・マーケッツによると、グリーンアンモニアの世界市場は19年の約1300万ドル(約15億円)から28年に8億5000万ドル(約980億円)に成長し、その後も拡大が続く見通しだ。

アンモニアは水素と窒素を化学反応させて作る。国連食糧農業機関(FAO)によると世界の生産量は約1億9000万トンだ。水素は天然ガスを高温の水蒸気にさらして取り出すため、大量のCO2を出す。アンモニアのほとんどが20世紀初めに開発された「ハーバー・ボッシュ法(HB法)」で作られている。セ氏400~500度、100~300気圧の条件が必要だ。アンモニアを1トン作る過程で約1.6トンのCO2を出す。再エネ由来の水素を使えば、CO2を7~8割減らせるという。

アンモニアを合成するには、加圧したり温度を上げたりする必要があり、エネルギーを消費する。低温・低圧という温和な条件でも反応が進む技術が欠かせない。

特許庁の「ニーズ即応型技術動向調査報告書」によると、アンモニア合成技術の特許や注目される成果で目立つのは日本と欧州の企業や大学だ。

03~17年に出願された特許数では、スイスのエンジニアリング大手カサレが首位になった。3位の独ティッセンクルップ、5位のデンマークのハルダー・トプソーなど10位以内に欧州企業5社が並んだ。日本も三菱重工業トヨタ自動車、東京工業大学など4つの企業・大学が入っている。

触媒開発で競う

窒素分子は2つの窒素原子が強く結びついており、800度に加熱しても切り離せない。結合を切るのに必要なエネルギーを小さくすることが技術開発の大きなポイントになる。特許庁は3つの手法を挙げている。化学反応を促進させる働きがある「触媒」、電池の仕組みを応用して化学反応を起こす「電気化学的合成(電解合成)法」、アンモニアを作る細菌の働きをまねた「バイオ合成法」だ。

本命とみられているのが新しい触媒の開発で、世界で成果を競う。触媒は合成反応に不可欠な存在で、窒素分子を切り離すのに必要なエネルギーを下げる。

産総研と日揮HDは50気圧程度でも反応が進む
触媒を開発し、福島県郡山市の設備で
実証した(写真は日揮提供)

日揮HDと産業技術総合研究所(産総研)は貴金属のルテニウムを主成分とし、400度、50気圧で働く触媒を開発し、実証運転に成功した。再エネで作った水素の圧力を上げる手間が減る。

東工大の新触媒はカルシウム(Ca)やフッ素(F)、
水素(H)とルテニウム(Ru)からできている

より温和な条件でも働く触媒の研究も進む。東工大の原亨和教授と細野秀雄栄誉教授らは、カルシウムとフッ素、水素でできた物質とルテニウムの微粒子を複合させた触媒を開発し、50度未満でも反応が進むことを確認した。この触媒は200度以上で水素分子を分解し、余った電子がルテニウムを通じて窒素分子に渡ると、結合が切れる。秋田県大潟村で、風力発電の電気を使ってアンモニアを試験製造する計画がある。

東京大学の西林仁昭教授らは、空気中の
窒素と水を反応させる触媒を開発した
(フラスコでの実験の様子、同教授提供)

セ氏20度、1気圧という「常温・常圧」でも使える究極の触媒で成果が出始めた。東京大学の西林仁昭教授らは水と空気からアンモニアの合成に成功した。広く使われるヨウ化サマリウムと金属のモリブデンを含む触媒を使い、空気中の窒素と水を反応させる。化石燃料を使わずに済み、大幅な省エネが可能になるという。西林教授は「触媒の性能が高く、長期間使えるように改良すれば実用化できる。ポストHB法を通じて、世界の環境問題の解決につなげたい」と意気込む。

(編集委員 青木慎一)

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