グリーン水素、欧州勢が南米開拓 チリ最安・日本出遅れ

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    Nikkei Online, 2022年2月14日 4:00

コンステレーションが水素を製造する
ナインマイルポイント原発(ニューヨーク州)

原子力発電所の電力で製造する水素が、米欧などで実用化に向け動き始めた。夜間など電力需要が少ない時間帯の余剰電力を活用し比較的低コストで量産できる点や、エネルギーを自給できる利点がある。もっとも、反原発感情や安全基準の厳格化に伴うコスト増など懸念や課題も多い。日本では議論すら始まっておらず、出遅れている。

「グリーン」より低コスト

脱炭素時代のエネルギー源として期待される水素だが、市場で流通している水素の大半は天然ガスなどから取り出す化石燃料由来の「グレー水素」だ。1キログラム当たり1ドル程度と安価だが、製造過程で二酸化炭素(CO2)を排出する。

再生可能エネルギーで発電した電気で水を電気分解して製造する「グリーン水素」はCO2を出さないものの、製造コストが1キロ当たり5ドルかかる。再生エネの普及でグリーン水素のコストが下がるまでの間、グレー水素の製造過程で出るCO2を回収する「ブルー水素」が主流になるとみられている。

こうした中、原発の電気で製造する「第4の水素」は「イエロー水素」や「ピンク水素」と呼ばれ、低コストと脱炭素を両立する技術として期待がかかる。ウラン燃料の原料となるイエローケーキや、色の種類のアトミックピンクが語源とされる。日本エネルギー経済研究所の柴田善朗研究主幹は「電力が安ければ安いほど水素の製造コストは下がるため、原発は余剰電力の活用方法としてあり得る」と話す。

国際原子力機関(IAEA)の試算では1キロ当たり2.5ドルで、2ドル以下のブルー水素よりやや高い程度。安定して大量の電気をつくる原発の強みが生きる。米エネルギー省(DOE)は21年、今後10年以内に同1ドル以下とする目標を掲げ、積極的に補助金を出している。

米電力大手コンステレーション・エナジーは、水素製造装置を手掛けるノルウェーのネル・ハイドロジェンなどと12月にもナインマイルポイント原子力発電所(ニューヨーク州)で水素の製造を始める。輸送燃料などの用途を予定している。ドミンゲス最高経営責任者(CEO)は「クリーンな水素は重要な新しい燃料だ」として、脱炭素を後ろ盾に原子力の復権を狙う。

米国ではパロベルデ原発(アリゾナ州)やデービス・ベッセ原発(オハイオ州)など各地の原発で水素製造のプロジェクトが動き始めた。計画を支援するDOEのデービッド・ターク副長官は「炭素のない未来への移行を促進するために、安価でクリーンな水素を製造する」と話し、原発を使った水素製造を国策として推進する。

欧州ではスウェーデンの電力会社OKGが1月、同国南部のオスカーシャム原発で水素を製造し、ドイツを本拠とする工業ガス大手リンデに供給することで合意した。OKGのヨハン・ルンドベリCEOは「最初は比較的少量だが、我々は製造設備やインフラを保有しており、ビジネスを拡大するための大きな潜在力がある」と語る。

英国政府は21年に発表した水素戦略で、水素を製造するエネルギー源として再生エネなどと並び原子力を明記した。ロールス・ロイスは次世代原発である小型モジュール炉(SMR)の開発に取り組んでおり、水素製造にも活用するとしている。

フランスも積極的だ。マクロン大統領は10日、50年までに国内に原子炉6基を新設すると発表した。マクロン氏はこれまでも原発由来の水素を次世代エネルギーとして活用する意向を示している。

原発の新設を発表する仏マクロン大統領
(10日、仏東部ベルフォール)=ロイター

ロシア国営の原子力会社ロスアトムは23年にも同国西部のコラ原発で水素の製造を始める。同社は21年、フランス電力公社(EDF)と原子力を活用した水素製造で協力すると発表した。

脱炭素社会への移行を見据え、ロシア政府は水素を天然ガスや石油に続く輸出品目として育てる計画を掲げる。24年までに水素産業のクラスター(集積地)を作り、50年までに世界の水素市場の主要プレーヤーを目指す。もともと国策で原発を推進しており、ロスアトムは原子力と水素という2つの領域の中心にいる。

ロシア国営の原子力会社ロスアトムは23年にも
原発由来の水素を製造する=ロイター

原発で発電しながら、原子炉から取りだした高温の水蒸気を使って水素を製造する技術も開発が進む。まだ発展途上ながら、水を電気分解して水素を取り出す従来の方法に比べ効率が良く、コスト面で有利になるとの期待が寄せられている。韓国の斗山(ドゥサン)グループは21年、同技術を用いて水素を製造するための設備を慶尚北道蔚珍の原発に設置すると発表した。

原発回帰に反発も

国際エネルギー機関(IEA)の試算では、水素の消費量は30年に2億1200万トンと20年実績の2.4倍に、50年には5億2800万トンと同6倍に増加する見込みだ。発電用途に加え、移動手段や製造業の脱炭素化で需要が増えるとしており、現在の石油やガスに近い位置づけになる可能性もある。

水素は様々な用途で需要が拡大している
(仏オセールの水素ステーション)=ロイター

水素の確保はエネルギー安全保障の重要課題となりそうだ。サウジアラビアのアブドルアジズ・エネルギー相は1月に開催された世界経済フォーラム(WEF)のオンライン会議で「我々は世界で最も安いガスの生産者であり、新たなガス田をブルー水素の製造に利用できるよう専念させる」と述べた。原油や天然ガスと同様、価格攻勢による水素市場の掌握に意欲を見せる。

欧州連合(EU)は1月、持続可能な経済活動を分類する「タクソノミー」で原発を「脱炭素に貢献する」とする方針を公表し、原発由来の水素をクリーンなエネルギーと位置づけた。これまでEUはドイツが中心となりグリーン水素を優先する姿勢を示していた。比較的低コストで製造できる原発由来の水素を現実解のひとつとする。

日本勢はこうした世界の動きに出遅れている。関西電力は4月以降、福井県敦賀市と連携し原子力発電所で発電した電力で水素を製造する実証実験を始めるが、具体的な商用化のメドは明らかにしていない。日本政府は製造業や発電の脱炭素化に水素を活用する方針を掲げるものの、当面はブルネイやオーストラリアからの輸入が軸となる。原子力の活用については態度を明確にしていない。

日本原子力研究開発機構は発電しながら水素を製造する次世代炉の技術開発に取り組んでいる。ただ、実際にどの企業が商用化を担うかは白紙の状態だ。11年の東京電力福島第1原発事故以降、日本では原発に対する反発が強く、脱炭素という局面でも原発の活用を表立って主張できない雰囲気が政財界にはある。放射性廃棄物をどう最終処理するのかという問題もある。

福島県大熊町に広がる除染廃棄物の中間貯蔵施設。
奥は東京電力福島第1原子力発電所(1月31日)

世界を見渡しても、原子力を使った水素の製造が順調に進むか不透明感だ。世界原子力協会によると、20年の世界の原子力発電量は前年比4%減の2553テラワット時にとどまった。同協会によると、過去数年間に停止した原子炉の大半は技術面でなく、政治的な理由によるものだという。

EUの原発回帰について、公然と反発する国も出てきた。オーストリアのゲウェッスラー気候変動・エネルギー相は原発の活用について「無責任だ」として、法的措置を示唆。ルクセンブルクなども反対している。原発由来の水素普及に向け、超えるべきハードルは多い。

(外山尚之)