国内洋上風力、ようやく始動 コスト減へ人材や規制の壁

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    Nikkei Online, 2023年2月19日 20:03

丸紅などが出資する秋田洋上風力発電は1月末に秋田港で洋上風力を稼働させた(秋田市)

日本で大規模な洋上風力発電が始動した。丸紅が主導する洋上風力発電所が能代港(秋田県能代市)に続き、秋田港(秋田市)でも1月末から商用運転を始めた。洋上風力は脱炭素に向けた切り札の一つだが、欧州に比べて導入が遅れた日本では2020年時点の発電コストが1キロワット時約30円と世界標準の3倍近い水準だ。政府は35年までに8〜9円まで下げる目標を掲げるが、専門人材の不足や日本独自の規制がコスト低減の壁となる。

秋田港の洋上に並んだ高さ約150メートルの風車13基が稼働を始めた。運営を担うのは丸紅を筆頭株主にコスモエネルギーホールディングス(HD)などが参画する秋田洋上風力発電(AOW、秋田市)。22年12月に稼働を始めた能代港の20基に続き、計33基の洋上風車が秋田県内で営業運転を開始した。総事業費は約1000億円で、発電容量は合計約14万キロワット。約13万世帯の一般家庭の電力をまかなえる。

秋田を皮切りに今後は全国4つの港湾で50万キロワット超の計画が順次稼働する予定だ。再生可能エネルギー開発のグリーンパワーインベストメント(東京・港)などは23年末をメドに石狩湾新港(北海道石狩市)で約11万キロワットの洋上風力発電所を稼働させる。

さらに沖合の「一般海域」の開発も進む。21年12月には秋田県沖や千葉県沖など3海域全てで三菱商事が率いる企業連合が公募案件を落札。28〜30年にかけ、合計で約170万キロワットの洋上風力が稼働する。

ようやく本格始動した日本の洋上風力だが、欧州など先進地からは大きく遅れる。10年前後から洋上風力の建設が拡大した欧州連合(EU)では21年時点で既に1460万キロワットが稼働する。

後発の日本での洋上風力普及に向けた最大の課題は発電コストだ。経済産業省によると、20年時点で新たな洋上風力発電所を建設・運転する場合のコストは1キロワット時当たり約30円、その後も大幅には下がっていないもようだ。

政府は20年、30〜35年には8〜9円を目指すとする第1次洋上風力産業ビジョンを公表した。だが秋田県で稼働を始めた風力発電について、ある風力発電事業者は「港湾区域では規模が小さいこともあり、政府目標である8〜9円の水準からは遠いはず」と話す。

ブルームバーグNEFによると、欧州や中国など先進地がコストダウンをけん引し、22年上半期時点での世界の洋上風力発電のコストは同0.086ドル(約11円)。19年以降は0.1ドル以下の水準で推移し、日本のコストの3分の1の水準だ。

高コストの背景の一つが専門的な技術を持つ人材の不足。日本には施工経験を持つ技術者が少なく、秋田県沖のプロジェクトでは欧州など海外から建設作業の工程ごとに管理者を招いた。AOWの岡垣啓司社長は、こうした技術者の人件費について「国内の人材と1桁違うほど高い」と打ち明ける。

またもう一つの課題が開発規模だ。21年の事業者公募では3海域すべてで三菱商事の企業連合が選ばれた。合計の出力は約170万キロワットとなるが、それぞれの海域に限れば数十万キロワットの規模だ。漁業権などの制限もあり、1海域で100万キロワットを超える計画もある欧州と比べると、規模は限られる。

三菱商事連合は最も安い秋田県由利本荘市沖では1キロワット時11.99円と、いずれの海域でも他の入札者を大きく下回る売電価格を提示し、3海域を総取りした。強気の価格設定も3海域すべてを落札する前提でのスケールメリットを考慮した可能性が高い。

3海域で同出力の米ゼネラル・エレクトリック(GE)製風車を計134基導入することで、調達・保守コストが抑えられる。競合他社からは採算性を疑問視する声も上がるが、三菱商事幹部は「採算確保には自信がある」と力を込める。

22年12月には第2弾として4海域合計で約180万キロワットの事業者の募集が始まった。今回の公募では早期稼働を重視する配点としたほか、複数海域で落札できる上限を100万キロワットに抑える制限が加わった。多くの企業の参画を促す狙いだが、前回の三菱商事連合のような規模のメリットは享受しにくくなる。

三菱商事のグループ会社は、昨年11月までに、公募対象の1つである秋田県八峰町・能代市沖での環境アセスメント(影響評価)の中止を決めた。事前の環境アセスは事業者選定で有利に働くとされる。三菱商事は現状では意向を明らかにしていないが、応札を見送る可能性が高い。

日本では海域以外の制約もある。発電事業を実施するための環境アセスに時間がかかり、調査期間を含めると稼働までに8年程度を要する。欧州などでは4〜5年程度とされる。開発期間が長ければ、建設コスト上昇などの外部要因の変化も読みにくくなる。「一つの案件に対して複数の規制に対応する必要がある。重複する部分もあって追加で手間がかかっているケースもある」とAOWの岡垣社長は話す。

EUは30年までに現状の約4倍となる6000万キロワット超を導入する目標を20年に掲げた。一方、日本も洋上風力産業ビジョンで30年までに1000万、40年までに3000万〜4500万キロワットの導入を目標にする。急ピッチで欧州を追い上げるには人材育成策や制度設計の抜本的な見直しが急務となる。

(柘植衛、岡本康輝)