囲碁の闘士たち
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(3)「英才」には旅をさせよ 仲邑菫を育てた勝負の環境
Source: Nikkei Online, 2020/10/28
10月上旬、東京・市ケ谷の日本棋院で11歳と14歳の棋士の対局が打たれた。清楚(せいそ)な服をまとった2人だが、れっきとしたプロの初段。しかも舞台は約80人の予選を勝ち抜いてベスト16で争う女流棋聖戦の本戦トーナメントだ。勝ったのは11歳、最年少プロの仲邑菫(なかむら・すみれ)のほう。「結構良く打てた。特に緊張はしなかったです」
女流棋聖戦の本戦の対局を終えた
仲邑菫(なかむら・すみれ)
仲邑は小学5年になった2019年4月、史上最年少10歳でプロ入りした。若い才能を早くプロにして育てようという「英才特別採用推薦棋士」の第1号だ。入段1年半(9月末まで)の成績は32勝19敗で、勝ち星は従来型のプロ試験組を含めた同期13人のトップ。対局が終われば同世代の棋士ともおしゃべりを楽しむ普通の女の子だが、英才枠の名に恥じない活躍ぶりだ。
将来有望な小学生を対象にした英才枠は、実は仲邑をきっかけに設けられた制度だ。このところ日本は国際棋戦で中国、韓国勢に押されっぱなし。20年前までは国際戦で常勝だったが、今は予選さえ勝ち抜けないほど大きく後れをとる。
■「対局重ねれば伸びる」
いずれ世界で戦うことになる才能ならば、できるだけ早くプロにして磨くのが近道だ。そう考えて制度を仕掛けたのは日本棋院の理事長、九段の小林覚だ。「スミレちゃん、コロナ(休み)の間に強くなったねえ。ね、言ったでしょう。プロになって対局を重ねれば伸びるんですよ」と相好を崩して喜ぶ。
プロ入りで初段の免状を受け取る仲邑(2019年3月)
仲邑はデビュー時、少し無理気味に攻めて隙を突かれることが多かったが、最近は攻守のバランスが良くなってきた。井山裕太の師匠で九段の石井邦生も「目つきの鋭さや元気いっぱいの打ち筋は、井山の若い頃に似ている」とべた褒めだ。入段時の「中学生のうちにタイトルを取りたい。世界で戦える棋士になりたい」という目標に少しずつ近づいている。
プロ入りが決まり、井山(左)と対局する(2019年1月)
■ 楽しんで強くなる好循環
父がプロ九段の仲邑信也、母が囲碁インストラクターという家庭で育ち、3歳でルールを覚えた。両親の囲碁教室で遊びながら腕を上げたが、主に相手をしていたのは母だ。「数え切れないほど対局したが、幼いうちは私が勝ったことは1回もない。だって子供相手に勝っても意味がないでしょう」。仲邑は勝って囲碁を楽しみ、楽しんで勉強をして囲碁が強くなるという好循環に恵まれた。
4歳からは3年間、小学校に入学する前の子供ばかりで争う「渡辺和代キッズカップ大会」にも出場した。約100人が参加する大会を主宰する70代主婦の渡辺和代は懐かしむ。「最初はルールがあまり分かっていないような子供でも、1度大会に出ると、それが翌年の目標になって頑張るのよ。スミレさんは5歳のとき、前評判が高かったけれど優勝できなくて、小さいスポンジのお座布団をぎゅっと抱きしめ、うつむいていた。次の年、どうしても優勝するという決意を感じて、やっぱり優勝したわ」
韓国の道場で修行し、腕を磨いた(2019年2月)
さらに7歳の頃からたびたび韓国に渡って、プロを目指す同世代と腕を磨いてきた。母とソウルで生活しながら、道場と呼ばれる育成機関に通ったのだ。韓国中から選抜された英才が集まり、寮もある道場で朝から晩まで対局を重ねる。仲邑も囲碁漬けの日々を送った。道場を主宰する韓国九段の韓鐘振は仲邑についてコロナ禍の前に話していた。「けっこうやんちゃですよ。詰碁の問題も『解ければお菓子くれるならやる』とか。楽しんで勉強しているみたい」
■ 育成の主流、内弟子制度から道場へ
昭和期まで日本の育成の主流は、相撲と同じような内弟子制度だった。地方のアマチュアを教えに出向いたとき、碁会所などでは地域のまとめ役らが見込みのある子供を連れてくる。才能があると見抜けば自宅に招いて住まわせ、生活の一切の面倒を見ながら鍛えた。
なかでも名伯楽とされたのは、昭和の大棋士で九段の木谷実だ。木谷道場では、名誉王座となった加藤正夫、名誉三冠の小林光一、名誉二冠の趙治勲ら数々の弟子が育った。兄弟弟子に負けまいと早起きしたり、悔し涙を流しながら勉強したり逸話には事欠かない。しかし現在ではマンション暮らしのプロ棋士も多く、内弟子方式はほとんど姿を消した。
詰碁の問題を解くプロの卵たち(大阪こども囲碁道場)
そうした時代の変化にあわせ、日本にも韓国のような道場が生まれている。19年2月にビルの一室に設けられた大阪こども囲碁道場は、たくさんの碁盤や書籍が置かれた部屋を毎日夜9時まで使える。タイトル経験のあるような実力棋士が指導に訪れ、本格クラスになると月5万円近くと安くはない。それでも遠くは岡山などからプロの卵が集まる。代表のひとり、三段の吉川一は「大阪には本気でプロをめざす子供をしっかりと鍛える勉強場所が見当たらなかったので、ずっと道場を作りたかった。すでにプロ入りが有望な子供が何人もいる」と話す。
05年に東京に洪道場を開き、芝野虎丸ら20人超のプロを育てた四段の洪清泉は言う。「道場は子供の勉強の管理をするので、ほんとうに1人でできる子供には必要ないかもしれない。けれども切磋琢磨(せっさたくま)するところがあれば一定レベルまでは伸びるし、そこで何かをつかめれば才能が花開く」
日本棋院も小中学生アマ選抜と若手プロが参加する「ワイズアカデミー杯」を設けてトップ層の育成を図っている。対局後は日本のナショナルチームコーチで七段の平田智也が、人工知能(AI)の使い方まで指導する。平田は言う。「囲碁を始めたときからAIで学べる世代はどのように育っていくのか、とても楽しみですね」
=敬称略、つづく
(山川公生)